番外編 蠢く
王都パルキノン
ローズレッド王国のすべてが集う街――光と栄華を抱きしめた都。
だがその裏には、押しつけられた“闇”が広がっている。
住民の大半は上級貴族とその関係者。
街を守るのは王国兵団の精鋭という名の、貴族の縁者たち。
脇に座り込む貧民たちに目もやらず、彼らは大通りを闊歩する。
上辺だけ綺麗な魔窟。
――国の成り立ちに相応しい王都だ。
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到着と同時に、待ち構えていた城の兵士に赤い薬草を奪われた。
それが本物かどうかで、フィギル自身の評価は大きく変わる。
(子爵などいくらでも替えが利く。だがそれは自分も同じ――奪われれば、他国で成り上がるだけだ。忠義など金と立場に比べれば安いもの。国が俺を切るなら、俺も国を切るだけ――利用するのはどちらでも構わん)
領民からの評判は良いが、他の貴族からの評価は低い。
後ろ盾と言える公爵家との縁は作れたが、それにより更に肩身は狭くなった気がしていた。
(…厄介な事だらけだ)
フィギルは上昇志向こそ本物だが、王国への忠誠心は薄かった。
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やがて扉が開き、現れたのはローズレッド王国第12代国王。
フィギルは膝をつき、跪いた。
「よい、面を上げよ。お前は、我が娘の恩人である」
「はっ!」
その言葉で、運命が“上”へと転んだと確信する。
王に勧められ、フィギルも席についた。
「よくぞ薬草を持ち帰った。非常に優秀な部下がいるようだな?」
「いえ。私兵ではなく、冒険者に依頼しました。もちろん“王家からの命”とも、“女神の印”に似た奇病とも伝えてはおりません」
王は目を細める。
その様子を内心で見下すフィギル。
(ただの傀儡のくせに、必死に威光を纏おうとしているな。その薄っぺらな威厳に、どれほどの意味がある? 結局は教皇の顔色を窺うだけの愚物に過ぎんのに)
「そうか。ならば信じよう。だが、なぜお前の領地にそんな冒険者が?」
「…かつてAランクでしたが、今はDランクに落ちた冒険者が流れ着いておりまして。…彼女自身『もう二度と行きたくない』と申しておりましたが」
「彼女、か。そうか。礼を伝えておいてくれ」
「はっ!」
(察したか。お前たちのくだらない争いで、全てを失った者だとな)
「さて、フィギル子爵。迅速な対応で、我が娘リアラは“病”を脱した。後ほど褒美を与えよう。……私情ゆえ大したものは渡せぬが、最大限の礼は尽くす」
「はっ! ありがたき幸せにございます!」
その時、ドアが開いた。
できれば会いたくなかった人物。
――女神教教皇・べゼブ。
「リアラ王女の“病”が治ったと聞き、馳せ参じました。心よりお祝い申し上げます」
「…うむ。感謝するぞ、教皇よ」
べゼブはちらりと視線を流す。
「あなたがフィギル子爵か…。お手柄でしたね」
「はっ」
床に膝をつき、跪く。
「…まさか備蓄があったわけではありませんよね?」
「もちろんです。今回採取した分もすべて献上いたしました」
「ふむ。それならこちらに渡していただきましょうか。ローズレッド王」
「…うむ」
圧力に抗えず、王は承諾した。
(どちらが王か…子どもでもわかる。だが誰も逆らわない。いや、逆らえない。結局この国では、女神教が法であり剣であり――王さえも従う存在なのだ)
毒を飲み込むように、フィギルは黙り込んだ。
「では私は王女の見舞いに行きますか。…もっとも、これが“女神の印”であれば、リアラ王女は女神のもとへ帰っていた。名誉なことでしたが……"ただの病"で良かった。ねえ、子爵?」
「はい」
(念を押さずともわかっている!)
教皇は王に頭を下げることもなく、悠然と立ち去った。
「では私も行こう。お前は泊まっていくか?」
「いえ。仕事が残っておりますので、領地へ戻らせていただきます」
「…そうか。飛空艇の使用を許可する。呼び出してすまなかったな」
「お言葉、痛み入ります。我が王よ」
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ひとり残された部屋。
フィギルはため息ひとつ漏らさず、思考を巡らせ続けた。
(褒美よりも、教皇に名前を覚えられたことが致命的だな――結局、損をするのは俺か)
この国に生まれた者は誰もが女神教の教えを受ける。
新旧の違いはあれど、信仰は日常に根付いている。
幼い頃は旧女神教、その後は新女神教に。
両方を叩き込まれたからこそ、フィギルは知っている。
新女神教がいかに教会の都合で作られたものか。
旧女神教がいかに“人間の自主性”を助けるものかを。
(建国の時から、この国を蝕み続ける者たち――)
人に優しいのは、どちらなのかを。




