色があるなら 第一章終
ナリアは目を覚ました。
そして、指に感じる微かな温もりに目を向ける。
ベッドに頭を預け、眠るアイオンがそこにいた。
深く眠っているのか、ピクリとも動かない。
それでも、彼の指先はナリアの指に触れていた。
「アイくん! 朝だよ!」
ナリアは体を起こし、アイオンを揺さぶる。
しかし、彼は目を開けない。
――深い眠りの中にいた。
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真っ白な空間にいた。
だが、確かに“何か”があった。
「…花?」
そう認識した瞬間、一面に白い花が咲いていた。
すべてが白い花。まるで――
「それはね、色を失ったんだよ。昔は色とりどりだったんだけどね」
「――俺は、あのまま死んだのか?」
現れたクソ女神に問いかける。
「まさか!泥のように眠ってはいるが…そのうち目を覚ますさ」
「そうか」
また呼ばれた、ということか。
「なんで、色を失ったんだ?」
「へえ、興味あるんだ? この場所に。…私に」
にやにやと笑いながら、クソ女神が顔を近づけてくる。
「雑談でもしてやろうと思っただけだ」
「おやおや! 驚きだね〜!」
笑いながら指を差し、一通りゲラゲラと笑ったあと―
「ひっひっひっ。――色を失ったのはね、興味を失ったからだよ」
「…アストライアに?」
答えの代わりに、彼女は“正解”の札を上げる。
「あの世界はね、私からの解放を望んだ。親離れしたいって意思を尊重したのさ」
「じゃあ旧女神教は、“親離れできていない”ってことか?」
不正解の札が掲げられる。
「それはそれでいいのさ。信じたいものは、自分で決めればいい。ひとつの考えじゃつまらないだろ?いろんな考えがあって、世界が動く。そうあるべきなのさ、人の世は。…いつまでも神が関わってちゃいけない。停滞してしまう」
「なら、なぜ興味を失う? 生まれ変わるなら、むしろ観賞していたいだろ。興味をなくす理由にはならない」
手を下ろし、自嘲気味に笑ってクソ女神は言う。
「――見たくなかったからさ。自分の選択の“結果”を」
「?」
「とてもショックなことがあってね。…それで、“イレギュラーな現象”が生まれた。そして…そうなった"結果"の続きを…見たくなくなったのさ!」
「禁断の森か?」
不正解の札が上がる。
「あれはなくてはならないもの。…知りたかったら、自分で調べることだね」
笑ってはぐらかすクソ女神。
「詳しく話すつもりはないってことか。基礎知識しか与えないのも、その意図で?」
「その通り! でなきゃ、お前をそのまま転生させた意味がない!」
大正解の札が上がる。
「お前はお前の好きに生きればいい。やがて世界のことも、私のことも理解するだろう。その果てに、私を否定する人生を選んでもいい」
「…それも、見たいってことか」
クソ女神はニッコリと笑う。札は上げなかった。
「お前の目を通してだけ、私は世界を見る。だから――好きに生きれば?」
「…難しいな、それは」
“元のアイオン”への想い。
彼が生きるはずだった世界。
それを自分なんかが――。
だが、クソ女神は静かに告げる。
「彼は確かに幸せだったよ。…でも、あの時に終わってしまったんだ。お前がいなければ、家族は悲しみに沈み、また悲劇的な最後を迎えていただろう。お前が救ったんだよ」
鏡が現れ、映し出された映像。
子どもの手を引く、三人の笑顔。幸せそうだった。
「記憶こそないが、彼は今を生きている。…お前とは違って、あの世界で、幸せな家族のもとで」
「…そうか」
「彼に詫びながら生きるのも、自由に生きるのも、お前の選択次第。…せいぜい悩んで生きていけばいいさ!」
「…そうするよ」
微笑む。
視界が低くなった。
――“前世の司”ではなく、“今の自分”の視界に。
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「さて、話が長くなったが…お前に伝えておくべきことがある!」
クソ女神の目を見据える。
「まずひとつめ! お前に与えた力について!」
「…あぁ、あの抽象的でわかりづらいやつか。結局、全快しただけだったけどな」
「いいか、お前の力は、“殺した相手の命と力を奪う”ものだ」
「…命と力?」
「そう。ただし、必ず奪えるわけじゃないし、全ての力を奪えるわけでもない。まぁ〜、命を奪うのは10回に1回くらいかな?弱い奴ならさらに下がる。奪える力もごく僅かで、相手に依存する。力押し系からなら身体強化の幅、魔法使いからなら魔力量。――さらに“因子”が貯まれば、体外魔法すら可能になる!」
「この力は肉体ではなく“魂”に刻まれている。だから体が吹き飛んでも、埋められても、生き延びられる環境で再生が始まる。命のストックがある限り、体力も魔力も全回復して何度でもな! ――ただし服はない!!」
「今のアストライアの神聖術では、魂への干渉ができる程の使い手は―レアくらいかな?封印術も無駄!しかも前回の死因への耐性まで少しずつつく。状況を打開して、生き続けるための力だ!」
胸を張るクソ女神。
勝ち誇ったように指を天に差す。
「どうだ!?我ながら完璧な調整で―」
「悍ましいよ…」
「なっ!?!?」
身震いする能力だった。
ストックがあれば死なないとは、なくなるまで戦い続けるって事じゃないか?
そんな戦いしたくない…。
「でも、そうか…。あの時、俺はどうしても死にたかった。だからこんな――生き続ける力を」
「そ、そうだ! 死にたがりが“生きたい”と望むなら、これくらいの力がちょうどいいだろ?」
「これくらいって…はぁ〜!」
わざとらしくため息をつくと、クソ女神はガーンと打ちのめされたように肩を落とす。
「な、なぜだ…? 会心の出来なのに、その反応は…」
「…悪かったよ。どんな力であれ、助かったのは事実だ。感謝してる」
「…! そうだろ!? そうだろ〜!? 私がいなきゃズタボロで死んでたからな!はっはっは!!」
調子に乗るクソ女神に、話を戻す。
「能力は自分で調べていくよ。それで、まだ何かあるのか?」
「はっはっは! …あ、あるある!」
我に返り、女神は真剣な顔つきになった。
「雑談でも触れたが、私は本当に、アストライアに関わっていない。――二百年くらい、だ」
「……」
「だから私を信じている者たちは、ずっと声を待ち続けている。でも私は応えない。……その気がないからね」
「だから、奇跡を起こす人間を待っていた。そしてお前は、“死から蘇る”という奇跡を起こしてしまった」
「……」
「女神教関係者からすれば、お前は“祝福を与えられた者”に見える。実際、与えてるしな。ただ――“神託”が下っていないから、旧女神教の者たちですら確信は持てないはず」
「……それで?」
「まぁ、旧女神教は好意的に解釈するだろう。だが――」
女神は札を掲げる。赤色の「危険」。
「お前の存在を“都合が悪い”と見る者たちもいる。そう、"新女神教"だ」
「……」
「そんな連中が何をするかといえば――明るい話では済まんだろうなあ」
「ふざけんな! クソ女神!!」
怒鳴った。
「お前のせいで厄介事が起きてんじゃねーか! 皆に迷惑がかかったらどうすんだよ!」
「――まぁ、人生なるようにしかならんよ」
その言葉とともに、光が全身を包み込んでいく。
「おい、待て! 話はまだ!」
「今回は時を止めてるわけじゃない。さっきから呼ばれてるけど…どうする?まだ話す?私はいいけど、皆心配するかもね」
「…クソ女神!!」
「はははっ! だから言っただろ? あまり褒めるなって!」
――褒めてねーよ!
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「―イオン! 起きろ、アイオン!!」
声がする。自分を呼ぶ声だ。
目を開ける。
「よかった! 起きた!」
「心配したのよ、アイオン…」
ラクトとセアラの声。
「まったく! どれだけ寝れば気が済むんだ?」
「さっきまで寝てたお前には言われたくないだろ」
ゼアスとジェダの声が重なる。
「だから言ったでしょ。眠ってるだけだから心配いらないって…」
「叩き起こされた不満はわかりますが〜、その顔はやめましょう〜?」
しかめっ面のレアと、たしなめるベティ。
「起きたか! 腹減ってないか? 飯あるぞ!」
サンドイッチを持ってくるカーラ。
そして――
「アイくん! おはよう!」
よく響く声で、ナリアが挨拶をする。
「…おはよう、ナリア」
にっこりと笑うナリアに、微笑みを返す。
前の“俺”でもなく。後ろめたい“アイオン”としてでもなく――
“今の俺”として。
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白で染まる空間の中、ぽつりと赤色をつけた一輪の花。
それを目にして、どこか懐かしげに微笑む。
そして座り、眺めた。
一面の白の花の中の、たったひとつだけ。
――とても、愛おしかった。




