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今はただ

全く持って腹ただしい。

まさか俺が、パシリをやらされるなんて……!


(簡単な依頼だと思ってたのに! こんな重責、聞いてないぞ!)


走るイザークは、内心焦っていた。


田舎のバルナバから更に3日かかるド田舎、オルババ村への護衛依頼。

依頼主はとてもいい人で、禁断の森を見たことがない自分たちのために、わざわざ寄り道してくれた。


冬になって、道に出る魔物の数は減った。

出てきてもE級程度の、対処しやすい連中だけ。

賊もほとんどおらず、冒険者が護衛している行商を襲うような度胸ある賊も、この辺りにはいない。


この依頼を終えれば――中級冒険者、C級への昇格が決まっていた。


(命に関わらない、楽な仕事のはずだったのに! どうしてこうなる!)


だが、なぜか巻き込まれてしまった。

もし届けるのが遅れたら、本当に命を落とすかもしれない……!

そんな重圧に耐えながら、イザークは走る。


村の入口を抜けた。


「おい! しっかりやれよ!」


優しかった依頼人、ケニーの怒号が飛ぶ。


「わかってるよ!」


(いい人だったのに……!)


そのまま走り去る。

通りすがりに、村人たちの声援が飛んできた。


「頑張れ〜!」「もうすぐだ!」「……冒険者ってアイオンより遅いんだな」「頼むぞー!!」


腹の立つ言葉も、しっかり耳に入ってきた。


(うるせぇ! 俺たちが身体強化するのは“戦闘”のときだけだ! ただの移動に使う強化なんか、あるかっての!)


舌打ちしながらも、走る。

――そして、目に入った。


(……見えた! あの家!)


全身を強化し、駆け抜ける。

遠目にエリーたちの姿を確認した。


(ら、楽しやがってよ〜!)


憤りを抱えながらも、ドアを――ほぼ蹴破る勢いで開け放った。


「ほら! 薬草だ! 受け取れ!」



「ベティ! まだ余裕はある!?」

「ないです〜! もうすぐ空っぽです〜!」


回復魔法をかけながら、ナリアの様子を伺う。

その穏やかな顔が、もう時間がないことを物語っていた。


しかし、そのとき……希望の音が聞こえた。

鐘の音。村の入口から連なり、この家の奥にまで届く。


賊や魔物の可能性もあるが――


「ベティ!」

「はい〜!」


ベティは下がり、女神様に祈りを捧げる。

わずかでも魔力を残し、そして蓄えるために。


ドアの外から声が聞こえた。


「ラクトー! アイオンが、アイオンが帰ってきたって!」


やはり――!


「おぉ! ナリア! ナリア!」

「ナリアー! 頑張って! お願い、頑張って!」


ラクトとセアラの送る声に、涙が混ざる。


「そのまま! 声をかけ続けて!」


さらに魔力を込める。

ベティの補助がない今、自分がやるしかない。

村の入口からはわずかに距離がある。


(早く、早く、早く、早く!)


女神に祈るベティ以外、誰もがそう願っていた。


そして――ドアが乱暴に開かれ、


「薬草だ! 持ってきたぞ!」


呆気にとられるラクトたちをよそ目に――


「ベティ!」

「……はい〜! お任せを〜!」


ベティに回復役を任せ、自身は駆け寄る。

バックを受け取り、中を開ける。


血のように赤い草。

確かにこれだ!


一本取り出し、急ぎ薬湯を作り始める。

……といっても、レアにとっては簡単な作業だった。


赤い薬草を、温めた聖水に入れ、“女神”由来の神聖術を施す。


採取の難易度と全く釣り合っていない。


だが、それは旧女神教に属するレアたちにとってであり、今のアストライアでは、自然と難易度が上がっている。


ローズレッド王国では、なおさらだ。


いつ戻ってきてもいいように、聖水は絶えず温めていた。そこに薬草を入れる。


薬草の色が瞬時に聖水に移り、赤く染まった。

その聖水に神聖術をかける。


一瞬、光が走り……白色に変わった。

熱も消えていた。


成功だ。器に移す。


「ナリア! これを飲んで! 口を開けて!」


急ぎ駆け寄って体を起こすが、反応がない。


「レア様! 限界です〜!」

「セアラ! これを飲ませて!」


セアラに薬湯を渡し、ベティと交代する。


「ナリア! お願い! これを飲んで!」

「ナリアー! お願いだー! 目を開けてくれー!」


ラクトたちが必死で呼びかける。


「ナリアちゃーん! 起きろー!」「起きろー! もっと大声出せお前ら!!」「ナリア〜!!」


村人たちも叫ぶ。


「おい! 起きてくれ! ここまできて――起きてくれ!」


イザークも。


しかし、反応はない。

――ナリアは今、白の中にいた。



白い場所だった。

なにもない、ただ白が広がる場所。


あれだけ苦しかった胸の痛みと熱は消え、代わりに“何も感じない”という白さが身体を覆っていた。


「やぁ! はじめまして!」


声をかけられる。

だが、そこにはなにもいない。


「……おや、そうか。失敗失敗……」


すると徐々に姿が現れた。

白い長い髪、白い肌、白い服、そして赤い目。


その姿に、思わず呟いた。


「――綺麗」

「そうだろう?」


胸を張って現れたのは、確かに“綺麗”と呼ぶべき女の人だった。


「少し話をしたくてね。ここに来てもらったんだ。……味気ない場所で悪いけど」

「……住んでるの?」


自然な疑問だった。

辺りを注意深く見渡す。

確かに白いが――


「……白いお花?」

「へぇ〜、わかるんだ! さすが女の子だね〜!」


頭を撫でられた。


「……住んでるよ。ずっと昔は色があったんだけどね」

「……なくなっちゃったの?」


返事の代わりに、悲しそうな笑顔を浮かべた。


「――さて、暮らしはどうだい? 楽しいかい?」

「……うん。楽しいよ!」


にっこりと笑いながら聞かれて、笑い返して答える。


「へぇ〜! 友達はいるのかい?」

「うん。村の人は、皆友達! だと思う……」

「素晴らしい社交性だ! ……嫌いな人はいないのかい?」


嫌い……


「……リックくんは少し苦手。意地悪してくるから……」

「う〜ん! 良いね! 子どもらしくていい!」


なぜか喜んでいる……。


「家族は? どうだい?」

「大好き!」


ラクトたちのことを聞かれた!


「お父さんはね! いつも抱っこして遊んでくれるの! すっごい高いんだよ! 空に放り投げられるくらい!」

その迫力に最初は怖いくらいだったけど、とにかく楽しかった。


「お母さんはね! すごく優しいの! ご飯おいしいし、髪を結んでくれる!」

その時間は、温かくて落ち着く大好きなひとときだった。


「ゼアスくんはね! 兵士さんになったの! ……だから家にいないけど、皆のことを守ってるんだって! 凄いよね?」


家を離れた兄にはなかなか会えないけど、すごくかっこいいことをしてるって、皆が言っている。

そんな兄が誇らしかった。

心配だし、寂しい気持ちもあるけれど。


「あぁ! 凄いね! なかなか出来ることじゃない!」

「だよね! 凄いんだ!」


家族が褒められて、嬉しくなる。


「あぁ、立派さ! ……もう一人、お兄ちゃんいるだろ?」

「アイくん? アイくんは……」


もう一人の兄のこと。

小さい頃はいつも一緒に遊んでくれたし、勉強も教えてくれた。手をつないで村を回ってくれた。

村の子どもたちにも慕われて、大人たちからも褒められていた。――自慢の兄。


でも今は――。


「……どうだい? 嫌いかい?」

「……んーん! 大好きだよ! アイくんはね、いっつも私と同じなの!」

「……同じ?」

「うん! お父さんたちは少し早いけど、アイくんだけは一緒なの!!」


他の人と当たり前に違う。


「お母さんも違う。ゼアスくんも違う。ジルドくんやリックくん、フィーダちゃんやミレイちゃんもそう!」


自分より遅い子もいる。年下の子たち。


「ミュウちゃんとヘッダちゃんは私より小さいから、気をつけるんだけど……いつも合わない」


下の子に合わせるのは大変。

でも――


「でもアイくんは、ずっと一緒なの! いつも!」


自分が離れないように、先に行かないように。


「一緒に歩いてくれるの! だから安心するの! 優しいの! すっごく優しいの!! 大好き!」


皆、それ以外にも、良いところはたくさんある。

全てを語りたくなる!


そんな姿に女性は微笑みを浮かべる。

しかし、次の言葉に、ナリアは固まる。


「――でも、君は気づいてるんじゃないか? ……彼が“前と違う”って。病気になったから、ではなく、“中身”が違うってことに」


……


「――なんで?」


なんで……知ってるの?



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