限界の先で
走り続けた。
白く染まる道を。
できる限り最良の道を選び、ひた走る。
低級の魔物の住む森を。
浅い川を。
雪でぬかるんだ道を。
ただただ、走った。
意識が白く染まりそうなほどに――。
そして……。
(……見えた! 村の入り口!)
空を見上げる。
日はもう、落ち始めていた。
予定よりもはるかに遅い。
それでも、力の限り走った。
#
村の入り口に立つ二人の門番が、その姿を遠目に確認する。
「……なんだあれ?」
「すごいスピードだな。魔物にでも襲われてんのか?」
ワイルドボアの群れにでも追われてるなら、村的にはありがたいんだが――。
「おーい! どうしたんだー!? あんたー!!」
「……まだ遠いって!」
隣のロッチが急に叫び出す。
目を細めて見てみると……馬より速い。ちょっと引く。
だが、気づいた。
「……あれ? アイオンじゃないか……?」
「……本当か!?」
ロブはロッチほど目が良くないが、確認して言う。
「……間違いない! アイオンだ!」
「―うおぉおおっ!!」
雄叫びを上げると同時に、鐘を鳴らし始める。
外敵や不審者が接近した時に使う合図だが、今は全力で叩く。
「おーい! アイオンが帰ってきたぞー!!」
「もっと鳴らせ! 叫べ! 村中に響かせろ!!」
ガンガンガンガン、鐘の音と叫び声が鳴り響く。
「……おい、本当か!? アイオンがいるのか!?」
カーラが走ってきた。
村人たちも家から次々と出てきて集まる。
「ほら見ろ! あれだ!」
「……いや、まだ遠いし、俺にはよく見えんが……」
「爺さんの目じゃ見えんよ!」
「俺、ラクトさんの家行ってくる!」
「俺も! 伝えなきゃ!」
村中が熱気に包まれていた。
#
「……嘘だろ? 本当に帰ってきたのか……」
慌てて駆けつけたイザークは、信じられず自分の頬をつねる。
ちゃんと痛かった。
「さっすが! 快挙でっせ! 禁断の森からの帰還者! しかも五体満足!」
ケニーは望遠鏡で確認し、興奮する。
(やっぱり、とんでもない逸材だ!)
喜ぶ村人たちをよそに、カーラは駆け出していた。
理由はわからなかった。けれど、「行かなくちゃ」と体が勝手に動いていた。
「おーい! アイオーン!!」
手を振って近寄る。
その物体――いや、アイオンの速さに、少し引きながらも。
#
(村人たちが……騒いでる。間に合ったのか?)
厳しい予想だが、もし間に合っていなければ、こんなに騒いで迎えるはずがない。
(よし……なら!)
残る力をすべて注ぎ込む。
この一秒のために!
「うわっ!?」
魔力が、切れた。
空回った足が雪に滑り、盛大に転倒。
立ち上がろうとするが、体が動かない……。
「…〜い、アイオン! 大丈夫か!? おい!!」
カーラの声が聞こえた。
#
目の前で盛大に転倒した。
何回転もしてようやく止まった。
驚いたけど、やっぱり走ってきてよかったと思った。
「おい、アイオン! 大丈夫か!? おい!?」
「……これを……ナリアに……頼みます……」
震える手でバックを差し出す。
―自分で届けたかったはずなのに。
「わかった! 必ず届ける! 他の奴らもすぐ来るから、待ってろ!!」
冷たい雪の上に横たわるアイオンを残し、村へ向かって走り出す。
足には自信がある。だが、ここまで全力で来たせいで息が上がる。
「ぐっがぁぁあ!! 負けるかぁぁあ!!」
目をつぶり、全力で駆ける。
「……こえーよ。野獣かよ」
目を開けると、ケニーの護衛の兄ちゃんが並走していた。
#
「ありゃー、転んだな。無理やり身体強化して走ってたんだろうな」
イザークがつぶやく。
限界だ。立てやしない。
走り寄った女の子がバッグを受け取り、代わりに走り出すが、すぐにペースは落ちる。
(まぁ、無理だよな)
禁断の森から生還しただけで、もう奇跡なんだ。と、誰かが言っているような気がした。
「イザーク! 走れ!」
「……は?」
ケニーの言葉に、イザークは首を傾げる。
「あのバック、お前が届けろ! ラクトさんの家、わかるだろ?」
「……わかるけど、なんで俺が?」
俺の村でも、友達でもない。
エリーがいたら行かせるだろうけど、俺は一匹狼キャラだしなぁ……。
「くだらねえこと考えてる暇あったら行け! 金は出す!」
「……わーったよ! 金はいらねぇ。貸しだからな!」
「生意気な……!それでいいからさっさと行け!」
その言葉を背に走り出す。
あんなバカげた速度は出せないが、俺だって速い。
(伊達に若手のホープって言われてねぇぞ!)
女の子のそばに立ち……。
「うがぁぁぁ!! こんちくしょぉぉぉ!!」
女の子は気づかずに、通り過ぎた。
#
話している暇はない。
視線だけ向ける。
「……いや、わかるだろ? 俺が届ける。さっさと渡せ」
(……知らん奴に渡せるか!)
目で威圧する。
「……どう考えても俺のが速いだろ? ペースも落ちてるし。任せろって。あいつんとこ行ってやれ」
「……殺す! 無くしたら殺す! 盗んでも殺す! とにかく殺す!!」
バックを渡す。
「怖いって!」
受け取った兄ちゃんは、まあまあのスピードで走っていった。
息を整えて、アイオンの元へ歩き出す。
(村の奴らはまだ遠い……私が行かなきゃ!)
早足は小走りに、小走りは走りに変わる。
「アイオン!」
「……バックは?」
虚ろな目が、こちらを見る。
弱り切っている……。
「大丈夫だ! もうすぐ届く! だからお前も、早く行くぞ! 皆、待ってる! うぬぅぅう!!」
肩に背負う。重い。
完全に脱力してる分、さらに重い。
「ぎゃっ!」
滑って転ぶ。アイオンがのしかかる。
「……すみません。意識は保ててますが、体がまったく動きません……」
顔が赤くなるのを感じた。
そんな場合じゃないのに。
「いいから。他の奴らは―」
(……なんで距離が縮まってないんだ? あいつら、こんな時に気を使ってんのか!?)
「バカヤロー! 今、そんな場合じゃねーだろ!!」
叫んだ。駆け足になる。
けれど距離はある。
「クソどもが!」
村人達の大声が聞こえる。
「……ろー! ……しろー!!」
「あぁ!?」
「……しろー! 後ろーー!!」
……後ろ?
のしかかられたまま見る。
二頭の馬が猛スピードで接近していた。
あれは―。
「……ーラ!」
「ゼアス!? ……あと誰だ!?」
ラクト家の長男が馬に乗っていた。
「カーラ! アイオン!? どうした!?」
「……ゼアスさん。すみません。体力も魔力も、すっからかんで、動けません」
「そうか。ナリアは!?」
「……まだわかりません。すみませんが、後ろに乗せていただけますか?」
ゼアスはアイオンを引っ張り上げる。
「後ろじゃすぐ落ちるだろ、バカ!」
そう言って前に乗せ、馬を走らせた。
「すまないジェダ! カーラを――その子を頼む!」
「おう、任せろー!」
――行ってしまった。
「なんだよあいつ……いいタイミングすぎるだろ!」
「はははっ、兵団でもそうなんだ! 美味しいとこだけ持ってくタイプ!」
手を差し伸べながら、豪快に笑う青年。
「あぁ、ありがとう。私はカーラ。」
「おう、ジェダだ! よろしく! 後ろ乗ってくれ! 俺たちも村に向かうぞ!」
カーラは馬に跨る。
「知らねえ奴にくっつけないだろうから、服でも引っ張っててくれ! 行くぜ!」
気遣いのできる男だった。
アイオンにもゼアスにもない要素だ。
「――しかし、あんなにボロボロになるまで何してたんだ? 弟くん」
ジェダが不意に尋ねてくる。
「あぁ……奇病に効く薬草を、禁断の森に取りに行ってた」
「……冗談だろ?」
「私もそう思ったけど……どうやら本当だったみたい。でも、顔にも腕にも傷はなかったし……魔物に会わなずに済んだのかな?」
「……そりゃ不思議だな」
村人たちを追い抜く。
ジェダの目の前には、誰もいなかった。
だから――その顔を見ることは、なかった。
無表情なジェダの顔が、風に揺れていた。




