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駆け引き

森を走る。木々の間を全力で駆け抜ける。

あのグリフォンが切り開いてくれた道を、まっすぐに。


(この場所まで道を作ってくれたのか……)


自分でつけた印を見つける。

なぜ助けてくれたのかは分からない。

だが、干し肉数切れじゃ到底足りないほどの恩だ。


(禁断の森――誰も足を踏み入れてはいけないはずの場所。なのに俺を助ける魔物や、謎の光を操る存在がいる。なぜだ?)


魔物の気配はまったくない。走りながらでも考える余裕がある。


(この世界の人間が子どもの頃から聞かされる「そこにあるのに、そこにない森」。いったいどれほど昔から存在している?)


(そんな場所にしか生えない、奇病に効果のある薬草……都合が良すぎる)


さらに奇妙なのは、この病について女神から与えられた知識に一切情報がないこと。


(余計な情報は多いくせに)


印を辿り、森の入口が近づく。


(まさか、女神が作った? 何のために?)


森の端が見えた。思考を振り払い、一気に駆け抜ける。

雪がちらつく空には、すでに朝日が昇り始めていた。


(時間がない!)


森を出てすぐ、置いてきたバックを取りに戻る。

そこには馬車と、騒がしい少年たちがいた。



「ひ、人だ! 皆! 人が来たよ!」


見張り役のオリバーが叫ぶ。

他の二人も慌てて駆け寄ってくる。

ライアは雪の中、最後の水浴びをしていた。


遠目にも分かる。

ボロボロの服の少年が、ものすごい勢いで近づいてくる。


「て、敵意はないって伝えなきゃ!」「そ、そうだな! 武器捨てろ、早く!」「ちょ、ちょっと待って!」


三人は慌てて武器を地面に投げ捨てる。

次の瞬間、少年が目の前に現れた。


「邪魔だ、どけ!」


怒鳴り声に、オリバーたちはすくむ。

少年は剣に手を置き、鋭く問いただした。


「ここに置いてあったバック、どこだ!?」

「う、あるよ! これ! 中は見たけど、ぬ、盗んでないよ!」


差し出すと、少年はバックを乱暴に奪い取り、中身を確認するや否や服を脱ぎ始めた。


「ちょ、ちょっと!?」


構わず着替えを済ませ、背負い直す。

すぐにでも立ち去ろうとするその背中に、慌てて声を掛ける。


「ま、待って!」「お願い、待って!」「た、頼むからぁ!」


服の裾をつかまれ、足が止まる。さっきまで震えていたくせに、いざとなると強引だ。


「手短に! 何の用だ!」


苛立ちを込めて怒鳴る。


「こ、この森から出てきたんだよね?」

「そうだ!」


「な、なんで森に入っ――」

「必要なものがあったからだ!」


「ちゃんと話を――」

「急いでる! 妹が死ぬかもしれない!」


ナリアの苦しみは今も続いている。

立ち止まっている自分に苛立ちが募る。


「もういいだろ! 文句があるなら、オルババ村まで来い!」


再び走り出そうとした時、女の声が響いた。



「赤い薬草を持ってる?」


振り返ると、濡れた髪のまま立つ女。

目を見張るほどの美人だ。


「……持っている」


「おおっ!」「やった!」「助かったー!」


三馬鹿が勝手に盛り上がる。


「静かに」


一喝で黙る。従順な三人だ。


「お願いがある。譲ってほしいの」

「断る。この量で妹が助かるか分からない。一つたりとも減らせない」

「妹さん、何歳?」

「……7か、8?」


自分でも曖昧だった。

知ろうとしていなかったから。


「曖昧ね。それでは“大切な妹”だとは……ね」


図星だ。だが――


「交渉の主導権は俺にある。わざわざ癇に障る言い方をするな」

「……その通りね」


女は静かに応じた。


「もういいだろ?これ以上、俺に時間を使うより、森に入って探したほうがいいんじゃないか?」


切り上げようとすると、女の目が鋭くなる。


「私も依頼で来たけど、正直、死にたくないのよ」

「……貴族から?」

「その通り」


雇われ冒険者、か。


「……俺の答えは変わらない。必要量が分からない以上、渡せない」


剣に手を置く。


「命が惜しくて森には入りたくない。でも、薬草を持つ人間が目の前にいる……」

「「「ひ、ひぇ……」」」


三人が情けない声を漏らす。

問題はこの女だ。


(森に入る事を依頼されるレベルの冒険者……三馬鹿は盾か囮か?――女は確実に俺より強い)


だが、引けない。


「奪ってみるか? 四対一で」


剣をわずかに抜いた、その時――


「オルババ村」


――しまった。

村の名を口にしてしまった。



「もし私たちが何も持たずに戻ったら、雇い主はきっと私たちを殺すわ。“王家”に恩を売るチャンスを逃したってね」


王家。そこまで関わっているのか。


「正直、こんな分不相応な依頼を受けた私たちが悪いの。大金に目がくらんだとは言えね」


背後の三人はビクついているが、女は淡々と続ける。


「金で命は買えない。当たり前だ」

「それでも、私たちは受けた。だから――」


彼女は小さなカードを投げた。

冒険者ギルドのランク証。

書かれている数字は――。


(嘘だろ、Dランク? 実力と釣り合ってないだろ!)


「このカードには前金で5万G入ってる。成功報酬が20万G。合計25万。けれどこのカードがなければ引き出せない。渡せば、私には一銭も入らないわ」


「ライアさん!?」と三人が叫ぶが、目で黙らせる。


「それで譲ってくれない? 断るならバルナバに戻って報告する。“禁断の森に入る勇気は出なかったが、偶然出てきたオルババ村の少年が薬草を持っていたので交渉したが失敗”とね」


「……クソ女」


思わず口をついた。

どこか、あのクソ女神を思い出させる。


(依頼主はフィギル子爵。読みを先回りする交渉……主導権は最初から向こうだった)


「察しがいいのね。いい冒険者の素質よ」

「……このカード、再発行できるんじゃないのか?」

「紛失したらE級から出直し。カードの金は運営費に没収。厳しいでしょ?」


(全没収の上に振り出し……キツすぎない?)


「薬草を貴族に渡したあと、お前らがフィギル子爵に殺される可能性は?」


「「「え?」」」


三人がまた驚く。


「正式な依頼よ。物だけ取って消す真似はしないはず。王族じゃあるまいし」


ライアは三人を無視して結ぶ。


「それでも不安? じゃあ最後の手段ね。私たち四人、あなたの奴隷になる」


「「「「えっ?」」」」


俺も三人も同時に声を上げた。


「生きるか死ぬかなら、生きるほうを選ぶ。当然よね?……今がその時。いい労働力になるし、25万Gという資産も付く。いい条件だと思うけど?」


完全に場を握られた。


(……俺が村の名を言った時点で終わってたな)


情けなく空を見上げ、カードを投げ返す。


「交渉決裂かしら?」


ライアが静かに問う。バックから薬草を取り出した。


「持っている量の半分。これでいいな?」

「へぇ……どうして?」


わずかにライアの目が揺れる。


「これ以上、時間を無駄にできない。それに、終わった後お前と関わりたくない」


吐き捨てると、彼女に近づき、手の届く距離で薬草を渡す。


「そこの三馬鹿!魔力回復薬を一本寄こせ。対価だ」

「さ、三馬鹿!?」と三人。

投げてきたのはライアだった。


「一本じゃ釣り合わないと思うけど……いいの?」

「妹が助かることを祈ってろ。でなきゃ、お前らを見つけて――必ず殺す」


回復薬をしまい、背を向ける。


「……ええ。無事を祈るわ。女神教に」

「……お前、女神教信者か?」


振り返って問う。


「まさか。でも、この国で祈れと言うなら女神教でしょ?」


少し考えてから、ぽつりと呟く。


「――ならせめて、クソ女神に祈れ」


その言葉を、ライアは聞き逃さなかった。


「ク、クソ……? あなたが言うなら、そうするわ。――でも、妹さんが間に合わなくても、探してくれなくていいわよ。少なくとも私は」

「は?」


意味の分からないことを言う。

だが、すぐ促される。


「行かなくていいの? 私たちも命が惜しい。速く行ってくれると助かるんだけど」

「……お前は本当に性格が悪い」


走り出す前に、最後に伝える。

万が一にも、オルババ村に不利益がこないように。


「もう一つ。決して俺のことを誰にも話すな! 分かったな? じゃあな!」


足に魔力を集中し、一気に解放する。

――遅れを取り戻さなければ。



「「「は、はやっ!」」」


走り去った少年に三人が声を上げる。

馬より速いんじゃないか?

心なしか、馬も引いている気がした。


「両足に誤差なく魔力を配分してるのね。でも、それだけじゃあの速度は出ない……興味深いわね」


ライアが目を細める。


「ライアさん!? どうしてあんな嘘を!」

「嘘とは?」

「森が嫌とか、王家が絡んでるとか、フィギル様が僕たちを殺すとか! ランク証のこととかです!」

「確実に手に入る道があるなら、それを選ぶために最善を尽くすだけよ。いい勉強になったでしょ?」


(それに、あながち間違ってなさそうだし)


ランク証を仕舞う。

三人は言葉も出ない。


「あの少年が現れなければ、私は森に入るつもりだった。それは本当。――でもあなたたちは報酬が必要。仲間のために」


三人が黙る。

彼らは本来四人パーティーで、もう一人は療養中。治療費がいるのだ。


「――さ、帰りましょう。予定より早く戻れるし、追加報酬も期待できる。彼のことは誰にも話さないこと。あとで守秘義務の契約を結ぶわ」


「「「……はい」」」


どこか納得のいかない顔で、それでも荷をまとめる。


(“祈るならクソ女神に”って……祈る対象にそんな風に蔑称使う? 謎が謎を呼ぶわね)


ライアはこの土地の出身ではない。

ゆえに、オルババ村の旧女神教のシスター、レアとベティの存在も知らない。


(やり直すために流れ着いた場所だけど……しばらくいる事になりそうね)


オリバーが御者台へ。

(“生きてまた乗る”。こんなに早く乗るとはね)


ライアは小さく笑い、目線で出発の合図を送る。


(――女神様。どうか、ご加護を)


心の中で祈った。

生まれて二度目の、女神への願いだ。

一度目は仲間を目の前で失った時――届かなかった。


今度は、届く気がした。


雪が降る中、馬車は静かに走り出した。


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