表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
25/153

そして迎えるプロローグ

進む。進む。進む。

ただひたすらに、慎重に進む。


途中、魔物の気配を感じれば一瞬だけ身体強化を使って振り切る。

気配が消えればすぐに強化を止める。


もう魔力回復薬は残っていない。

節約しながら、最良の結果を導き出さなければならなかった。


眠気を抑えるため、考えながら歩く。


(なぜ魔物は、この森から出ないんだ…)


オルトロスやグリフォン、アラクネはもちろん、グリムウルフですら村に現れれば大きな脅威になる。

討伐依頼が出れば、農作業も止まる。


それなのに、この地方では凶悪な魔物被害は極端に少ない。畑を荒らす下級の魔物くらいだ。


(出れないのか?あるいは…出させない“何か”があるのか?)


この森で生まれた魔物は、外に出られない――そんなルールがあるようにすら思える。

でなければ、縄張りを求めてもっと広い場所を支配しているはずだ。


(それに…グリムウルフが群れではなく単体で襲ってくるのもおかしい)


本来は集団で狩りをするはずが、ここでは常に単独。感じ取れる気配は、どれも“1匹”だけだ。


(C級以上しか現れず、しかも特性を無視されている…。これは…作為的なものとしか思えない)


森そのものに、何かしらの意図が働いている。


考えながらも、足は止めない。

進む。進む。進む。



数度目の身体強化で、魔力は底を尽いていた。

これ以上は危険。だが進むしかない。


(こんなことなら…基礎体力を鍛えておけばよかった!)


後悔ばかりが積み重なっていく。


やがて開けた場所に出た。

木に登り、周囲を確認する。


(…もうすぐ出口だ。入り口で回収した薬を使って、村まで駆け抜ける!)


わずかな希望に胸を奮い立たせ、木を下りた―その瞬間。


濃厚な魔物の気配が迫る。

身体強化を使おうにも、魔力はもう残っていない。


(くそっ!)


慌てて木の幹に背を押し付け、息を殺す。


近づいてくる音。

それは重いものを引きずるような、鈍い音だった。


(グリフォンでも、オルトロスでもない…でも今の俺には十分すぎる脅威だ)


やがて、姿を現した。

巨大な影。

血と脂の匂いを纏い、棍棒を引きずるその存在。


(オーク?いや、ハイオークか!)


濁った瞳で周囲を見渡し、獲物を探している。


(頼む!気づかないでくれ!)


木に張り付き、必死に息を止めた。

祈るように願ったが――

目の前に突きつけられたのは、下卑た笑い。


祈りは、届かなかった。



「グルオォォオオ!!」


振り下ろされた巨獣の足を紙一重で躱す。

地面が砕け、土煙が巻き上がり、視界を覆う。


(魔力はもうない!だが、やるしかない!)


バックを放り捨て、剣を握る。

これを失えば、ここまで来た意味がなくなる。


汗で柄が滑りそうになるが、それでも離さない。


(格上…でも一瞬の隙なら、今の俺でも作れるはず!)


「うおぉぉおお!!」


叫びと共に突進する。

狙いは――奴の濁った目玉。


だが、棍棒が空気を裂き、広範囲を薙ぎ払った。

風圧だけで体が揺らぎ、躱す隙間がない。


「くっそがぁ!!」


盾を構えた瞬間、白い閃光のような衝撃。


嫌な音と共に左腕ごと砕け散った。

骨が折れる感覚と共に、全身に衝撃が走り、空気が肺から絞り出される。


「ぐっ…はぁっ!」


血の味が口に広がり、視界が歪む。

それでも立ち上がり、砕けた左腕を庇いながら剣を構える。


(まだ…まだだ!)


反動で巨体がわずかに揺らぐ。

その隙を突き、一瞬の迷いもなく跳び込んだ。


踏み台にした巨体を駆け上がり、狙い澄ました一撃を――その赤い右目へ。


「グギャァア!!」


血飛沫が顔を濡らし、眼球を貫いた剣を引き抜く。

断末魔が森に響く。


(今だ!逃げる!)


必死に走り出そうとするが、激痛と麻痺で足が動かない。


「グルルルル!」


右目を失ったハイオークはなお生きていた。

怒りに震え、近づいて来る。


蹴り飛ばされ、受け身も取れずに転がる。

次の瞬間、足を踏み抜かれ、骨が砕ける音が響いた。


「ぎゃあああああっ!!」


絶叫が森に木霊する。

それを聞き、ハイオークは嗤った。


また蹴り飛ばされ、地に転がされる。


(動け…動け…!)


願いも虚しく、体は応じない。


その巨体が再び近づく。

恐怖を与えるように、じわじわと。



(ああ、死ぬんだ…)


死が、目の前にあった。

自分は、この世界でも何もできなかった。

その現実を、容赦なく突きつけられている。


左腕はすでに動かず、防ぐ盾もない。

立ち上がるための足は、ぐちゃぐちゃだった。


剣は…手の届かない場所に落ちている。


少し先にある、棍棒に叩き潰される未来を―もう受け入れてしまっていた。


(ごめんなさい…ラクト、セアラ、ゼアス、ナリア…)


この世界の父と母に、兄と妹に詫びる。

望まなかった二度目の生で、家族と良い関係を築くことは結局できなかった。

無理やりこの体に押し込まれ、家族を奪ってしまった事が、ずっと苦しかった。


(ごめん、アイオン…)


どんな人間だったのかも知らない、この身体の本来の持ち主に、心の中で詫びる。


棍棒の汚い染みにされるくらいなら、病に伏し、家族に見送られて土の中で眠る方が、何倍も幸せだったはずなのに。


あのクソ女神のせいで、俺のようなからっぽの人間が入り込んでしまった。


この森の中では、死体を探す者もいないだろう。

目の前の豚に食われ、痕跡ひとつ残らず消えるかもしれない。


自分がいたという証も残らない。

―それは「前の俺」が望んでいたことなのに。


諦めは、永遠にも等しい一瞬を生んでいた。

その刹那に、思い出が溢れる。


この二度目の生の中で確かにあった、家族という温もりを。

誰かと触れ合った日々を。

受け止められず、逃げ続けてきた自分を。


その一瞬は、思い出させた。

――自分が、なぜここにいるのかを。


(ああ…それでも―)


もはや感覚のない砕けた足に、力を込めて立ち上がろうとする。


(あの薬草だけは…)


望みを、叶えるために。


(…届けなきゃ)


アイオンと同じ病にかかり、死が迫る妹のために。


(…生きなくちゃ…)


どれだけ拒絶しても歩み寄ってきてくれた、家族のために。


そして思い出す――この世界に来る前の、最後の言葉を。


「お前が望む時、私は“今のお前”が最も望まない力を授けよう」


あの空間で確かに聞いた、意味不明な言葉。

今でも理解できないままだ。


それでも、この瞬間を覆せるなら――


「…さっさと寄こせ! クソ女神!!」


獲物の最後の大声になど意味はないことを、豚は嘲笑っている。

そして棍棒を大きく振りかぶり――


「ブォォォオオッ!!」


力の限り、叩きつけた。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ