油断
自然の天蓋から漏れ出る陽の光で目を覚ます。
(こんな森に、こんなに優しい光が差し込むなんて…)
不思議な気分になる。
身を起こし、携帯食料を取り出して頬張る。
ついでに残りの道具の数を確認した。
(魔力回復薬3本、外傷回復薬5本、携帯食料3食分、水筒2本、ホーンラビットの燻製肉が少し…)
外傷回復薬が丸々残っているのは大きな利点だった。
食料も、残り2日という仮のタイムリミットを考えれば十分だ。
問題は…魔力回復薬。
(…やはり、外に1本置いてこなければよかったか。でも、無事に戻れたとしても、魔力がなければ時間を無駄にすることになるかもしれない。…備えはあったほうがいい)
村を出る前に、教会から持ち出すべきだった。
だが後悔しても仕方ない。
節約しながら進むしかないんだ。
(Cランクの魔物なら…何とかなった。B以上は即退避だ)
確認を終え、気合を入れて外に出る。
昨日と変わらず、不気味な静けさが森を支配していた。
(この木の上なら、辺りが見えるか)
木に登り、周囲を見渡す。
背はそれほど高くないが、景色がわかるのとわからないのとでは雲泥の差だ。
(―広い。村の近くの森なんて比べものにならない……)
果てしなく広がる森。
印を残してきた方向を振り返ると、入口から見てもかなり奥に来ていた。
だが、それでもまだ浅い。
―もっと奥へ進まねば。
木を降り、探索を再開する。
#
足元に微かな傾斜を感じたとき、魔物の気配が迫ってきた。
剣を抜き、身構える。
(グリムウルフ程度なら問題ない)
―そう思った瞬間、視界に入ったのは最悪の存在だった。
巨大な蜘蛛―アラクネ!
木の幹ほどもある脚がギチギチと軋み、赤黒い無数の眼が一斉にこちらを射抜く。
「カチ…カチカチッ!」口器を擦り合わせる咀嚼音が、不快に空気を震わせた。
(くそっ!Bランク!!)
相手もこちらに気づき、粘りつくような足音を響かせながら迫ってくる。
(完全に油断した!)
瞬時に足へ魔力を集中させて位置を移す。
だが、アラクネは木々に糸を絡ませ、粘着質な動きで執拗に追ってきた。
巨体に似合わぬ速さ。無数の足が地を叩くたび、吸盤のような音が「ベチャッ、ベチャッ」と響き、耳を犯す。
身体強化しても、木々が密集しているせいでこちらは速度を出せない。
ぶつかって転んだ瞬間に捕まるくらいなら、迎え撃つ方がまだ生存率はある。
力の差は歴然だが、脚の1本や2本なら―。
(迎え撃つ!覚悟を決めろ!俺!)
大きく息を吸い込み、筋肉を総動員する。
「うおおおおおっ!!」
雄叫びと共に剣を振り抜く。狙うは太い脚。
甲高い音と共に刃が節へ深く食い込んだ。
手応えはあった。
だが、それで倒れる相手ではない。
アラクネは怒りを露わにし、巨体を揺らして覆いかぶさる。
「ぐっ!」
脇腹を狙った脚を紙一重で回避。
背後の木に叩きつけられ、肺から空気が抜ける。
アラクネは腹部を揺らし、白濁した糸を吐き出した。
空気が一気に甘ったるく淀み、鼻腔に腐臭が突き刺さる。
(まずい!絡まれば終わりだ!)
間一髪でかわし、木を蹴って横飛びに回避。
糸は背後の木にべったりと貼り付いた。
荒い息を吐きながらも思考を巡らせる。
このまま逃げても森の中では奴の方が有利。
(開けた場所へ!)
光の差す方へ全速力で駆ける。
枝葉が顔を叩くのも構わず、一心不乱に。
背後からは「ベチャッ、ベチャッ」と不快な足音と木の裂ける音が追ってくる。
(まだだ!諦めるな!)
――視界が開けた。
木々がまばらになり、その先に空間が広がる。
「ここだっ!」
魔力を振り絞り、空間へ飛び込む。
振り返ると、アラクネは動きを鈍らせていた。
さらに加速し、気配を断つ。
巨体は俺を見失い、別方向へと突進していった。
安堵と疲労が同時に押し寄せる。
だが―。
(集中を切らすな。この森には、あんな化け物がゴロゴロいる!)
呼吸を整え、魔力回復薬を一口飲む。
そして―再び森の奥へ踏み出した。
二度と油断しないと、胸の奥で何度も固く誓いながら。
ここからバトル描写増えます。
正直不慣れなんでライブ感を楽しんでください。




