王女倒れる
ローズレッド王国は、アストライアに存在する国のひとつ。
その中でも比較的歴史が浅く、建国から150年ほどの若い国だ。
だが、それでも国民にとっては誇りある国であり、王家の血は神聖にして不可侵とされていた。
その王国で、事は起きる。
第四王女、リアラ=ローズレッドが突如倒れたのだ。
高熱に侵され、意識は朦朧。
回復魔法も焼け石に水で、痛みを和らげ、命をほんのわずか引き延ばす程度の効果しかない。
その症状は、有名な“試練”と一致していた。
試練を受けるのは11歳までの子どもだけ。
女神に選ばれ、苦痛を与えられる。
しかしそれは、女神の元へ帰るために与えられる試練。
それに選ばれなかった者は、人生という試練を歩み、死を迎え、女神の元へ帰るという。
“新女神教”が作り出した試練の概要である。
だが当事者にとっては、そんな教えは空虚な慰めでしかない。我が子を愛する王であれば尚更だ。
現実を受け入れられないローズレッド王は、全貴族に命を下した。
赤い薬草を持っているものは献上せよ、と。
だが、その命令に応じられる者はいなかった。
「…赤い薬草?馬鹿なことを…」
「そもそも、あの薬草が生える場所に簡単に行けるわけもない」
「…採りに行ける者などおらんよ」
貴族だから知っている。
その薬草が育つのは、禁断の森。
知っていなければならない。だが、決して入ってはならない。
そんな忌地に生えるものを、採りに行け!と兵士や冒険者に命令を出すことはできない。
命も金もいくつあっても足りない。
それを良いことに女神教の代表者、教皇は囀る。
試練からは逃れられない。
名誉ある事だ。と―。
「…あの病は、女神が選びし子を呼ぶためのもの…」
「そうだ。悲しむ王の心は、教皇様が慰めるだろうよ…」
そうやって口々に言い訳を並べながら、皆、王女の死を受け入れ、嵐が過ぎるのを待つ。
ワインを片手に、ひとりの貴族を憐れむ――結局は他人事だった。
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ローズレッド王国西部、オルババ村を含む地を治めるフィギル子爵は、報せを聞き、舌打ちした。
「なぜ俺の所に、こんな命令が届くんだ!」
野心家の彼にとって、子爵で終わる人生などありえない。
上を目指し続けていた矢先の王命。
「赤い薬草を持参せよ」
だが、禁断の森に隣接しているとはいえ、領地内に備蓄などあるはずがない。
あったらと知れたら、女神教に没収されるのが関の山なのに。
「あの森は、危険過ぎて誰も近づかない。街に上級ランクの冒険者もいない…」
低級な魔物や少人数の賊しか現れない、平和な土地なのだ。
それでも王の命には逆らえない。
失敗すれば領地を取り上げられる可能性もある。
―最悪、首が飛ぶ。
「…若い妾に生ませた王女に、あそこまで執着するなんてな!」
苛立ちを押し殺し、フィギルは決断した。
「冒険者ギルドへ行く!馬車の準備をしろ!」
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冒険者ギルドは今日も賑わっていた。
酒と肉の匂いが立ち込め、依頼を終えた者たちが談笑している。
その中で、一人の赤毛の女冒険者に視線が集まっていた。
「おい、あれ…」
「やめとけ。見るな、関わるな。」
「降格食らって終わった奴に、ロクな依頼は来ねぇよ…」
かつてはAランク冒険者だった女性―ライア。
だが、ある事件をきっかけにDランクまで降格。
冒険者からは「腫れ物」として扱われていた。
「もう少しマシな依頼はないのかしら?」
「う〜ん…、これが精一杯です…。」
提示されたのは、下水掃除、猫探し、庭の手入れ。
「これ、見込みのない初心者向けじゃない?」
「ですが、今のライアさんでは―」
「…わかったわ、受けるわよ」
諦めと共にため息をつき、依頼を受ようとしたその時…。
バンッ!
ギルドの扉が勢いよく開かれる。
現れたのは、フィギル子爵。
続けて叫ぶ。
「依頼を出す!準備金1万G!前金5万G!成功報酬20万Gだ!人数不問!」
ギルドがざわめいた。
その額は、質素に暮らせば死ぬまで生きていける額。だが、すぐに空気が変わる。
「失敗は許されない。そうなったら、資産も家族も、その全てで!賠償してもらう!」
怒号と共に冒険者たちが怒り出す。
「どこに行かせる気だ!」
「娘を奴隷にする気か!」
「早く言え!」
「―行ってもらうのは禁断の森だ。"赤い薬草"を採ってくる。期限は7日。誰か、行けるか!?」
ギルドが凍りついた。
「…無理だ…」
「死にに行けってことだ…」
「100万でも足りねぇ…」
誰一人、前に出ない。
そんな中、ゆっくりと前に出る赤毛。
「確認するけど、それは緊急依頼よね?」
「…もちろんだ」
その声に、フィギルはわずかに目を細めた。
(…首の皮1枚繋がったか)
「このライアが受けるわ」
ギルドがどよめく中、フィギルが苦笑しながら頷く。
「…助かるよ。君がいてくれて。誰も手を挙げないかと、覚悟していたところだ」
彼が差し出す手を、ライアは見つめる。だが
「それは、成功したらにしましょうよ」
「…そうだな」
そのやり取りの直後、勢いよく声が飛ぶ。
「あ、あのっ!俺たち、森には入れないけど!道中の手伝いならできます!」
三人組の若い冒険者たちが手を挙げた。
「その…多少、依頼料をいただければ!」
「馬車は扱えるか?」
フィギルが問う。
「は、はい!三人とも、扱えます!」
手間が省けた、とフィギルは静かに頷いた。
「いいだろう。1人につき1000G。成功時には更に1500G払う。失敗時は当然無しだが、賠償も求めない。」
「「「あ、ありがとうございます!!」」」
周囲の冒険者たちは、小さく舌打ちを漏らす。
だが、最初に声を上げた者が得る。それがギルドの掟。
「装備の準備もあるし、お金をお願いできる?」
「あぁ、もちろんだ」
二人は受付嬢にカードを差し出す。
ライアは冒険者ギルドカードを。
フィギルは銀行ギルドカードを。
提携ギルド間の魔導具ネットワークが起動し、照会、引き出し、送金処理が一瞬で行われる。
「どうぞ」
「ありがとう。―皆、今日のお酒は奢るわ!無事を祈ってて!」
歓声が上がる。
タダ酒。それは、冒険者にとって最高のご褒美だ。
「…あまり使い過ぎないでもらえると助かるんだが」
3人にも前金を払ったフィギルが言う。
「ふふ。成功すれば20万Gでしょ?それに比べたら、可愛いもんよ」
冗談めかしながら扉を開けると、冷たい風が頬を撫でた。
気が引き締まる。
「ぜひ、成功させてほしい」
「もちろん。じゃなきゃ、受けたりしないわ」
3人組に振り返る。
「あなたたち、馬車組合に行って用意して。領主様が手伝ってくれるから、手続きはすぐ済むはず。門の近くで待ち合わせよ。」
「「「は、はいっ!」」」
「森近くに賊や魔物がいるとは思えないけど、準備は怠らないでね」
そう告げると、ライアはひとり、武器屋と道具屋へと足を向ける。
(這い上がる――絶対に)
(生きて帰る!必ず!)
アイオンがグリムウルフに出会う頃に、ライア達は街から出発していった。




