表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
19/153

王女倒れる

ローズレッド王国は、アストライアに存在する国のひとつ。

その中でも比較的歴史が浅く、建国から150年ほどの若い国だ。

だが、それでも国民にとっては誇りある国であり、王家の血は神聖にして不可侵とされていた。


その王国で、事は起きる。


第四王女、リアラ=ローズレッドが突如倒れたのだ。

高熱に侵され、意識は朦朧。

回復魔法も焼け石に水で、痛みを和らげ、命をほんのわずか引き延ばす程度の効果しかない。


その症状は、有名な“試練”と一致していた。


試練を受けるのは11歳までの子どもだけ。

女神に選ばれ、苦痛を与えられる。


しかしそれは、女神の元へ帰るために与えられる試練。


それに選ばれなかった者は、人生という試練を歩み、死を迎え、女神の元へ帰るという。


“新女神教”が作り出した試練の概要である。


だが当事者にとっては、そんな教えは空虚な慰めでしかない。我が子を愛する王であれば尚更だ。


現実を受け入れられないローズレッド王は、全貴族に命を下した。


赤い薬草を持っているものは献上せよ、と。

だが、その命令に応じられる者はいなかった。


「…赤い薬草?馬鹿なことを…」

「そもそも、あの薬草が生える場所に簡単に行けるわけもない」

「…採りに行ける者などおらんよ」


貴族だから知っている。

その薬草が育つのは、禁断の森。

知っていなければならない。だが、決して入ってはならない。


そんな忌地に生えるものを、採りに行け!と兵士や冒険者に命令を出すことはできない。

命も金もいくつあっても足りない。


それを良いことに女神教の代表者、教皇は囀る。

試練からは逃れられない。

名誉ある事だ。と―。


「…あの病は、女神が選びし子を呼ぶためのもの…」

「そうだ。悲しむ王の心は、教皇様が慰めるだろうよ…」


そうやって口々に言い訳を並べながら、皆、王女の死を受け入れ、嵐が過ぎるのを待つ。


ワインを片手に、ひとりの貴族を憐れむ――結局は他人事だった。



ローズレッド王国西部、オルババ村を含む地を治めるフィギル子爵は、報せを聞き、舌打ちした。


「なぜ俺の所に、こんな命令が届くんだ!」


野心家の彼にとって、子爵で終わる人生などありえない。

上を目指し続けていた矢先の王命。


「赤い薬草を持参せよ」


だが、禁断の森に隣接しているとはいえ、領地内に備蓄などあるはずがない。

あったらと知れたら、女神教に没収されるのが関の山なのに。


「あの森は、危険過ぎて誰も近づかない。街に上級ランクの冒険者もいない…」


低級な魔物や少人数の賊しか現れない、平和な土地なのだ。


それでも王の命には逆らえない。

失敗すれば領地を取り上げられる可能性もある。

―最悪、首が飛ぶ。


「…若い妾に生ませた王女に、あそこまで執着するなんてな!」


苛立ちを押し殺し、フィギルは決断した。


「冒険者ギルドへ行く!馬車の準備をしろ!」



冒険者ギルドは今日も賑わっていた。

酒と肉の匂いが立ち込め、依頼を終えた者たちが談笑している。


その中で、一人の赤毛の女冒険者に視線が集まっていた。


「おい、あれ…」

「やめとけ。見るな、関わるな。」

「降格食らって終わった奴に、ロクな依頼は来ねぇよ…」


かつてはAランク冒険者だった女性―ライア。

だが、ある事件をきっかけにDランクまで降格。

冒険者からは「腫れ物」として扱われていた。


「もう少しマシな依頼はないのかしら?」

「う〜ん…、これが精一杯です…。」


提示されたのは、下水掃除、猫探し、庭の手入れ。


「これ、見込みのない初心者向けじゃない?」

「ですが、今のライアさんでは―」

「…わかったわ、受けるわよ」


諦めと共にため息をつき、依頼を受ようとしたその時…。


バンッ!


ギルドの扉が勢いよく開かれる。

現れたのは、フィギル子爵。

続けて叫ぶ。


「依頼を出す!準備金1万G!前金5万G!成功報酬20万Gだ!人数不問!」


ギルドがざわめいた。


その額は、質素に暮らせば死ぬまで生きていける額。だが、すぐに空気が変わる。


「失敗は許されない。そうなったら、資産も家族も、その全てで!賠償してもらう!」


怒号と共に冒険者たちが怒り出す。


「どこに行かせる気だ!」

「娘を奴隷にする気か!」

「早く言え!」


「―行ってもらうのは禁断の森だ。"赤い薬草"を採ってくる。期限は7日。誰か、行けるか!?」


ギルドが凍りついた。


「…無理だ…」

「死にに行けってことだ…」

「100万でも足りねぇ…」


誰一人、前に出ない。

そんな中、ゆっくりと前に出る赤毛。


「確認するけど、それは緊急依頼よね?」

「…もちろんだ」


その声に、フィギルはわずかに目を細めた。


(…首の皮1枚繋がったか)


「このライアが受けるわ」


ギルドがどよめく中、フィギルが苦笑しながら頷く。


「…助かるよ。君がいてくれて。誰も手を挙げないかと、覚悟していたところだ」


彼が差し出す手を、ライアは見つめる。だが


「それは、成功したらにしましょうよ」

「…そうだな」


そのやり取りの直後、勢いよく声が飛ぶ。


「あ、あのっ!俺たち、森には入れないけど!道中の手伝いならできます!」


三人組の若い冒険者たちが手を挙げた。


「その…多少、依頼料をいただければ!」

「馬車は扱えるか?」


フィギルが問う。


「は、はい!三人とも、扱えます!」


手間が省けた、とフィギルは静かに頷いた。


「いいだろう。1人につき1000G。成功時には更に1500G払う。失敗時は当然無しだが、賠償も求めない。」


「「「あ、ありがとうございます!!」」」


周囲の冒険者たちは、小さく舌打ちを漏らす。

だが、最初に声を上げた者が得る。それがギルドの掟。


「装備の準備もあるし、お金をお願いできる?」

「あぁ、もちろんだ」


二人は受付嬢にカードを差し出す。


ライアは冒険者ギルドカードを。

フィギルは銀行ギルドカードを。


提携ギルド間の魔導具ネットワークが起動し、照会、引き出し、送金処理が一瞬で行われる。


「どうぞ」

「ありがとう。―皆、今日のお酒は奢るわ!無事を祈ってて!」


歓声が上がる。

タダ酒。それは、冒険者にとって最高のご褒美だ。


「…あまり使い過ぎないでもらえると助かるんだが」


3人にも前金を払ったフィギルが言う。


「ふふ。成功すれば20万Gでしょ?それに比べたら、可愛いもんよ」


冗談めかしながら扉を開けると、冷たい風が頬を撫でた。

気が引き締まる。


「ぜひ、成功させてほしい」

「もちろん。じゃなきゃ、受けたりしないわ」


3人組に振り返る。


「あなたたち、馬車組合に行って用意して。領主様が手伝ってくれるから、手続きはすぐ済むはず。門の近くで待ち合わせよ。」

「「「は、はいっ!」」」

「森近くに賊や魔物がいるとは思えないけど、準備は怠らないでね」


そう告げると、ライアはひとり、武器屋と道具屋へと足を向ける。


(這い上がる――絶対に)

(生きて帰る!必ず!)



アイオンがグリムウルフに出会う頃に、ライア達は街から出発していった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ