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ケニーの思惑

禁断の森



ローズレッド王国の中でも、別格の危険地帯とされている。


子どもの頃から何度も言われてきた。

「入るな」「決して近づくな」と。

そうして育ち、守り続けてきた禁忌の場所。


―ラクトは今、その禁断の森を目指して馬を走らせていた。


「急げ…!急げ…!急げ…!」


馬に多大な負担をかけながら、なお鞭を打つ。

今日中に森へ着き、明朝には中へ入るつもりだった。一刻も早く薬草を見つけて帰らねばならない。


(早朝なら、魔物も寝ているはずだ)


生き物であれば、夜明け前後は動きが鈍る。


だが禁断の森に生息するのはC級以上の魔物。

ラクトが兵士時代に小隊を組んでやっと退けた強敵と同格か、それ以上の存在が“無数に”潜んでいると言われている。


一般則など何の役にも立たない―それでも、都合の悪い事実を頭から追い出し、前だけを見ていた。


馬が苦しそうな鳴き声を上げる。

すでに限界が近い。ここまで走り続けてくれたことだけでも十分すぎるほどだった。


「…すまない…でも頑張ってくれ!」


ラクトは鞍の上から馬の首筋に手を伸ばし、荒い呼吸をするその体を撫でる。

それでも馬の脚は徐々に鈍り、スピードが落ち始めていた。


「…〜い!そんなに急いでどこに行くんです〜!?」


前方から唐突に声が飛んできた。

視線を上げれば、護衛を連れた行商人の一団が道を塞ぐように進んでいた。


(この辺りで行商?…時期も場所もおかしい、まさか―)


「ケニーさん!?どうしてこんな場所に?」


思わず叫んだラクトに、商人ケニーが振り返る。


「やっぱりラクトさんでしたか。この人たちが“禁断の森を見てみたい”なんて言うもんで、近くまで来たんですよ。いい経験になるかと思いましてね」


ケニーの隣には、まだ若い冒険者たちがいた。

背丈も声も、どこか頼りない。


「しかし、そんなに急いでどうしたんです? 馬も、限界が近いじゃないですか」


ケニーが目を細めると、ラクトはすかさず声を荒げた。


「その人たちのランクは!?」

「え? D級ですよ。オルババ村付近は低級な魔物しか出ませんから、安価なパーティーで十分なんです」

「安価って…気分悪い言い方するなよ、雇い主さん」


先頭の少年が不快げに口を尖らせる。

だがラクトには、そんなことに構っている余裕はなかった。


「ケニーさん!お願いだ!馬を交換してくれ!急いでるんだ、禁断の森に用がある!」


必死に訴えるラクト。その声音に護衛たちも顔を見合わせた。


「えぇ!? 禁断の森に入るってんですか!? そりゃ無茶ですよ、ラクトさん!」


ケニーが目を丸くし、止める。

若者も呆れたように苦言を呈す。


「おっさん、ガキの頃に“あそこには入るな”って教わらなかったのかよ? この国の住人なら誰だって知ってるはずだろ? 」


「ちょっと、失礼よイザーク!」「礼儀がなってない」


2人が窘める中、1人は相変わらず黙々と本を読んでいる。それでもラクトには、時間がなかった。


「ケニーさん!俺とお前の仲だろ!? 頼む!」


必死の声。

乾いた喉から絞り出すような言葉に、ケニーは肩をすくめた。


「わかりました。交換しましょう」


「すまない!助かる!」


ラクトは自分の馬に手を置き、深く頭を下げる。


「今までありがとう。無理をさせたな…ケニーさん、頼む。休ませながら村まで行ってやってくれ」

「えぇ、任せてください」


新しい馬に飛び乗ったラクトは、再び風を切って駆け出していった。


「生きて恩を返してくださいよ〜!頼んますよ〜!!」


ケニーの叫びが、虚しく背に追いすがった。

―その願いは、叶わないかもしれない。



姿が見えなくなったラクトを見送り、冒険者のひとりがぼそりと呟いた。


「…ケニーさんよ、よかったのか? 友人を死にに行かせて」

「商人の友は“いい客”だけさ。死んだら飯の種にもならん。あれは化けて出られないように交換してやっただけだよ。運気が下がるからな」


ケニーが鼻で笑うと、冒険者たちは一斉に顔をしかめた。


「「「うわ、最低…」」」「…てー」


「ええぃ!元はお前らが“禁断の森を見てみたい”なんて言うからだろ!? 道を選んだのは俺でも、お前らが言わなきゃ出会わずに済んだんだ!」


若者は反論する。


「なら見ましょう!って言ったのはケニーさんでだろ。でも、出会わなかったとしても、あのおっさんは森に行ってたよ。つまり、どっちみち死んでた」

「―まぁ、それはそうか」


傍らの少女が続ける。


「でも、何しに行くんだろ? あんな森に。商人のケニーさんに頼まないなんて、よっぽどの品なのかな?」

「何か貴重なものなんじゃねーの? …ん? ケニーさん、下がって!」


先頭の若者―イザークが素早く武器を抜く。

護衛たちも慌てて陣形を組み、ケニーを背に庇った。


駆けてくる影―。

望遠鏡を構えたケニーが目を凝らし、驚きの声を上げる。


「あっ、おい! やめろ! 知り合いだ! ―アイオンさーん!」


砂煙を巻き上げ、走ってきた少年が目の前で止まった。



「ケニーさん? どうしてここに?」


息を切らしながらアイオンが問いかける。

その速さは、馬にも勝るほどだった。

護衛たちは唖然とした表情で、目を見開く。


「オルババ村に向かう途中でしてね。まさかアイオンさんも禁断の森に?」

「ラクトさんを見たのか!?」


掴みかかるように肩を揺さぶられる。ケニーの頭が左右に振られ、痛みに悲鳴を上げる。


「お、おい! やめろ!」


イザークが慌てて止めに入り、ようやく手が離れた。


「す、すみませんケニーさん。それで、ラクトさんは?」

「ゲホッ!…ついさっき通りました。馬を換えてくれって頼まれましてね」


「そうですか…ありがとうございます。… すみませんが、回復薬と食料、それに剣を売ってもらえますか?」

「お金は?」


「…今はありません。村に戻れば払えますが、そんな時間はありません」

「はぁ? 金もないのに商人に頼みごとかよ…」


イザークが呆れた声を出した瞬間、ケニーが早口でかぶせてきた。


「そうですか! わかりました! 後払いで構いませんよ!」


「…」


冒険者たちが唖然とする間に、ケニーは手際よく品を並べ始めた。


「魔力回復薬と外傷回復薬を各5本、携帯食に水、包帯、替えの服…サイズはぴったりですね! バッグは小さいので新調しましょう。剣は…あまり良いものがないな…」

「今のよりマシなら何でも。もう寿命が近いんで」


ケニーはイザークに振り返る。


「おいイザーク。お前の剣を俺に売ってくれ」

「はあ!? なんで俺のを!」

「800G出す!」

「高すぎだろ!」

「必要な時に価値は上がる。売るか売らないか、どっちだ?足りないなら値を上げてもいいぞ!」

「…わかった! 売るよ!」


渋々剣を手渡すイザーク。

それを奪い取り、ケニーはにっこり笑ってアイオンに差し出した。


「どうぞ。私とアイオンさんの仲ですから!」

「…ありがとうございます。では、急ぎますので」

「お気をつけて〜! 村で待ってますよ〜!」


アイオンは荷物を受け取り、風のように走り去っていった。

その姿は馬をも凌ぐ速さで、あっという間に見えなくなる。



「…あれも身体強化か? でも、あんなに持続するものか?」


イザークが呆気にとられて呟くと、黙っていた読書中の少年が口を開いた。


「ただの強化じゃないね。“瞬迅”に似た加速を全身にかけて、速度を抑えて持続性を持たせてる。…短距離なら消えると思う」

「し、瞬迅…!? Sランクの?言いすぎだろ!」

「…まぁイザークやウルには一生無理。今度一戦お願いしてみたら? 一瞬で空を見上げることになるだろうけど」


皮肉を言ってまた本へ視線を落とす。

イザークは言葉を失い、額の汗をぬぐった。


「で、ケニーさん。なんであんな価格で売ったんだ? 赤字どころか、回収も無理だろ?」

「簡単な話さ。はした金で“大きな貸し”を作れるなら十分。…タダでは受け取らなかっただろうし」

「貸し…? なんのために?」

「見る目を養え。上に行きたいならな」


ケニーはにやりと笑い、手元の銅の剣を放ってきた。


「650G」

「高い! それ普通150Gだろ!」


その声にため息混じりにケニーは吐き捨てる。


「お前さん、武器もなしで護衛できるのか? ギルドに報告しなきゃならんかもな。“役不足でした”って」

「なっ…! 最悪の依頼人だ!」


仕方なくイザークはケニー渡された800Gから代金を差し出した。

結局、銅の剣代が浮いただけになった。


「毎度あり!サブウェポンくらい持っときな!」


Gをしまいながら、ケニーはアイオンが消えた森の方角を見る。


(…ようやく貸しを作れたぜ。ひひっ)


その笑みは、商人のものというより、獲物を仕留めた狩人のように鋭かった。




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