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開拓村への帰還

村の倉庫には、切り出した木材や石材が山のように積まれていた。


仮設の柵に囲まれた土地には、乾いた落ち葉が風に舞い込み、土の匂いに混じって焚き火の煙が漂っている。


大工や移民たちは徐々に冷え込む空気の中、汗を拭いながら作業に励み、その姿が夕陽を浴びて赤く染まっていた。


彼らは冒険者や私兵たちの無事を祈りつつ、街道の整備を進めていた。


魔物の巣騒ぎで作業は一時中断していたが、それでも一日でも早く家族を呼び寄せたい。


寒さが増す前に、テントではなく屋根のある場所で眠らせたい。


その一心で、彼らは黙々と手を動かしていた。


「あれ? 馬車が来るぞ」


作業員のひとりが木材を置き、目を細める。

数台の馬車の影を認めた私兵は表情を引き締め、急ぎ門番のもとへ走った。


「おい! 数は少ないが馬車が戻ってきた! 鐘を鳴らして、フィギル様に知らせろ!」


門番はすぐに鐘を打ち鳴らす。

澄んだ秋空に響くその音が、村全体に緊張を走らせた。


馬車はやがて門前に止まり、埃と汗にまみれた冒険者たちが次々と飛び降りる。


「おかえり! 無事だったか?」


「一応な。だが、ゴブリンの数がとんでもなかった。俺たちは先に戻って子爵に報告するよう、ミリオンさんに言われてる。子爵は奥か?」


「ご苦労だったな。奥にいるはずだが――いや、ちょうど来られたぞ。ほら」


視線を向けると、広場の奥から人影が現れる。

フィギルとエリー、カーラ。

その傍らには私兵二人が護衛のように控えていた。


冒険者たちは駆け寄り、声を揃える。

やり遂げたことを伝え、そして報酬を得るために。


「子爵様! ただいま戻りました!」


「戻るのが早いな。きみたちだけか?」


フィギルの表情は険しい。

自身を落ち着かせ、冒険者の言葉を促す。


「他の者は無事か?」


「は、はい! 他の人はまだ現場に残っていますが死者は出ていません。自分たちは十分稼ぎましたので、先に戻ろうと。それで、ミリオンさんから状況を伝えてほしいと」


「そうか。ミリオンも無事か」


その答えに、フィギルの眉がわずかに和らぐ。


「――では、報告を頼む」


「はい! ゴブリンたちの討伐は完了しました! 確認と後処理が終わり次第、こちらに戻るはずです!」


その言葉に、作業をしていた移民たちや私兵が歓声を上げた。

冷たい秋風が吹き抜ける広場に、どっと活気が戻る。


「やったぞ! これで家族を呼べる!」

「冬が来る前に移住できる!」

「祭りだ! 今日を村の記念日にしよう!」


カーラとエリーも思わず抱き合って飛び跳ねる。


「やったじゃないか、エリー!」


「うん、本当に良かった!」


喧騒の中、フィギルだけは冒険者へと視線を外さない。


「よくやってくれた。だが、ゴブリン以外もいたのだろう? なにがいた?」


「はい。外にはボブゴブリンとシャーマン、あとホーンラビットとウルフ。これは最初の報告通りでしたね。ですが――巣の中には、オーガが二体いたそうです。オニクさんがそう言ってました」


「オーガ、だと?」


フィギルの声が低く震え、広場がざわつく。

大工や移民たちが顔を見合わせ、不安の声を漏らす。


「オーガなんて……」

「そいつらが来たら村なんてひとたまりも……」


フィギルは咄嗟に声を張り上げた。


「安心しろ! 巣はすでに制圧されている! 危険はない! ――そうだな?」


「は、はい! イザークたち侵入組が倒しました!」


その一言で、人々のざわめきは少しずつ収まっていった。

フィギルは続けざまに命じる。


「皆、帰還する者たちを迎える準備をしてくれ! 食事の用意だ! 行商人の費用は私が持つ、存分に支度してくれ!」


再び歓声が広がり、人々は動き出す。

その様子を横目に、フィギルは冒険者へと向き直った。


「本当にご苦労だった。先にゆっくり休んでくれ」


「は、はい! …あの、緊急依頼を受ける前に取り決めた、魔石の権利なんですが……」


冒険者たちは遠慮がちに袋を広げる。

中には小粒な魔石がぎっしりと詰まっていた。


小粒とはいえ、数が揃えばそれなりの額になる、そんな量だった。


「お、おお……すごい数だな。ゴブリンだけでこれか?」


「いえ、ウルフやホーンラビットも混じってます。…契約通り、僕たちの権利でいいんですか?」


フィギルは力強く頷いた。


「当然だ。依頼の条件は最初からそうだ。今さら無しにはしない、安心しろ」


「「「よ、よかった〜!」」」


冒険者たちは胸を撫で下ろす。

安堵の笑みを浮かべながらも、疲労で足取りは重い。


「では宿舎に行け。私が許可したと言えば問題ない。――案内してやれ」


声をかけられた護衛が一歩前に出る。

冒険者たちは深々と頭を下げ、袋を抱えたまま喜びを噛みしめつつ去っていった。


(しかし、オーガが二体も……。どうしてこんな辺境に)


フィギルはすでに別の思考に沈んでいた。

原因は不明。だが考えずにはいられない。


そんな彼のもとへ、カーラとエリーが歩み寄る。

気配に気づき顔を上げると、二人は笑顔を浮かべていた。


「――なんだ?」


「オーガが二体。にわかには信じがたい話ですね。ですが、討伐できたのは幸運でした」


「そ、そうだよなー! アイオンたちがいなかったら、どうなってたかなー?」


二人の言いたいことはすぐに理解できた。

フィギルはわずかに息を吐くと、切り出す。


「成功報酬は一人3,000Gでどうだ? 加えてオーガの素材も渡す。上手く分ければ1,000Gほどにはなるはずだ。それで前金と合わせて計5,500G」


エリーはわかりやすく眉をひそめた。


「安すぎます。それに素材の状態次第では大きく変動しますし。…それなら、素材は子爵に渡します。その代わり成功報酬を5,000Gに。前金と合わせて一人6,500Gでどうでしょう?」


「そっちの方が得だな! オーガ素材が高値で売れれば、領主様の損も少なくなるだろ!」


カーラが横から口を挟む。


「…ふむ。だが、素材の状態が不確かでは……」


「良好なら値段は上がります。今なら四人分で26,000G。ペイできる可能性は十分高いですよね? それに、等級次第では魔石一つ分で価値が跳ね上がります。A級なら5,000G、B級でも1,000Gは堅い」


「…素材を見てから決めますか? 私たちはどっちでもいい…よな?」


試すような視線を送るエリーとカーラ。

フィギルは考え込み、結局、深い溜息をついた。


「――わかった。その条件を呑もう。誓約書を交わす。君たちがそれぞれの代表でいいな?」


「「もちろん!」」


「なら来い。彼らが戻るまで時間がある。早く済ませて料理の手も貸してやってくれ」


足早に歩き出すフィギル。

カーラとエリーもそれを追った。


「私たちも行こう、カーラ」


「おう! …手作りか」


カーラは噛み締めるように呟いた。

その横顔を見て、エリーが静かに問う。


「決めたの?」


弱々しいが確かな頷きが返る。


「…うん、決めたよ。私は――」



「なんか、盛り上がってるな」


イザークが呟く。

日はすでに暮れ、開拓村には明かりが灯り、乾杯の声が夜気に響いていた。


「そりゃそうだろ。ようやく家族を呼べるんだからな」


ウルがうんうんと頷く。


「……でも門番がいないのはダメだね。ミリオンさん、内心怒ってるよ」


オニクは肩を竦める。

荷馬車を止め、降り立った先には私兵団と冒険者たちの姿。


「仕方ない。フィギル様が許可したなら、私がどうこう言うことじゃないさ。さぁ、行くぞ」


ミリオンが前を歩き出す。


「へいへい……迎えくらい出してくれてもいいのにな」


イザークはため息混じりにぼやき、アイオンも同じように吐息を漏らした。

秋の夜気は冷たく、吐息は白く霞んでいた。



「おお、戻ってきたか!」


フィギルの声が広場に響く。

移民や大工たちが集まり、やがて歓声の輪が広がっていった。


ミリオンは一歩前へ進み、頭を下げる。


「フィギル様、全員無事に帰還しました。損害もありません」


フィギルは頷き、わずかに笑みを浮かべた。


「よくやってくれた! 領主として、これほどの私兵団を持てたことを誇りに思う!」


次に、彼は冒険者たちへ視線を向ける。

焚き火と酒に照らされた顔は赤みを帯びていた。


「諸君も、本当によくやってくれた! 英雄たちに拍手を!」


「やった! ありがとう!」

「これで冬を迎えられる!」

「最高の領地だ! 立派な村にするぞ!」


村人たちの歓声が焚き火の煙に溶け、熱を帯びていく。


「…男ばかりに褒められてもなー」


ウルがぼそりと呟いたが、顔はどこか満足げだった。

フィギルは歩み寄り、アイオンたちを労う。


「オーガ二体とは驚いたが、よくぞ対処してくれた。本当に助かったよ」


彼はイザークに手を差し出す。

イザークが握り返し、言う。


「まぁ、最後に役立ててよかったよ。…だが気をつけろ。若い有望株も少ないし、強い冒険者を領内に留めておかねえと危ないぜ。…あんたの敵は容赦しねえみたいだからな」


軽口のようでいて、真剣な眼差しだった。


「……詳しい報告は後で受ける。前の賊関連だと思うか?」


「恐らくな。前に調べきれなかった場所も確認した方がいい。次は、村を作る前にな」


「…耳が痛いな。実際、この開拓地も見切り発車だった」


そう笑いつつ、一人ひとりと握手を交わしていく。

最後にアイオンの手を取り、問いかけた。


「君も、この地方を離れるのか?」


「ええ。王都にある、女神教の大教会に行きたいんです。バルナバの教会には、得るものがなかったので」


「……この地方に新女神教の力はない。派遣される神父といえば、教会で落ちこぼれた者か、不正を働いた者ばかりだ。……いや、教会全体が腐敗しているがな。――王都は正真正銘の魔窟だ。気をつけろ」


「ありがとうございます」


「長く話したな。存分に食べて休むといい」


「守りはいいんですか?」


「交代で配置している。私兵団は酒も口にしていない。バルナバに戻ったら、存分に飲ませるつもりだがな!」


フィギルは笑いながら去っていった。


「アイオン!」


カーラが駆け寄り、小声で囁く。


「無事で本当によかった……」


アイオンは微笑み、深く息を吐く。


「ありがとうございます。武器をひとつ失ったくらいで済みました」


「そうか…。でも安心しろ! しっかり交渉したぞ!…エリーがだけど。私も少し手伝ったが…報酬は一人6,500Gだ!」


「6,500!? すごいですね!」


カーラは肩を竦める。


「私は少し手伝っただけだ。…情けないパートナーで済まないな」


「十分ですよ。早くバルナバに戻って受け取りましょう。楽しみですね」


「…そうだな! あ、それとこれ!」


カーラはサンドイッチを差し出す。


「ありがとうございます。―うん! やっぱり、カーラさんのサンドイッチは美味しいですね」


カーラはにっこり微笑む。


その様子を、少し離れた場所からイザークたちが見ていた。


普段なら茶化すイザークも、このときばかりは黙っていた。


「――で? どうするって?」


イザークが問いかける。

答えは、なんとなくわかっていた。


「うん。……決めたって」


エリーが小さく呟く。

ウルとオニクも静かに耳を傾けていた。


「そうか……。賑やかになるな! 責任も背負うことになる」


「うん」


村の広場に、焚き火の光と笑顔があふれる。

冷たい秋風を忘れさせるほどの宴は、夜更けまで続いた。

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