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後味の悪い終わり

風の衝撃が粉塵を巻き上げ、巨体の足を止めた。

4人はその一瞬で体勢を立て直す。


だがオーガ達も即座に構えを変え、今度は左右に分かれて迫ってくる。


「くそっ!動きのパターンを変えてきた!」


右のオーガが鎖を振り回し、アイオンの進路を封じた。

その隙を突き、左のオーガが棍棒を振りかぶり、ウルの盾を粉砕せんと迫る。


「任せろッ!」


ウルが盾を前に踏み込み、全身で衝撃を受け止める――しかし足が半歩下がる。

その背後に忍び寄る影を、イザークはすでに見抜いていた。


「下がれ!」


ウルの肩を押し、紙一重で骨棍を回避。

すれ違いざま、剣を逆手に持ち替えて骨の隙間を裂く。

火花と血飛沫が散った。


「ナイスです!」


声と同時に、アイオンが霞のように右側の懐へ滑り込む。

刃が3度、4度と閃く。そのたび、血と息が混ざる。

だが硬質な骨に阻まれ、深手には至らない。


「…狙いを散らされてる!」


オニクの声が焦りを帯びる。水弾も位置を変えられると狙いが定まらない。


それでも攻防は続く。

双子は背中を預け合い、攻撃と防御を交互に切り替える。

鎖は軌道が読みにくく、骨棍は重量で盾を砕かんばかりの威力だ。


(――攻略の糸口は)


アイオンの視線が、イザークが刻んだ傷口へ向かう。

そこから滴る血は止まらない――だが骨が邪魔で狙いにくい。


「俺が誘います! イザークさん、合わせて!」


短く告げ、足元に風が巻く。

次の瞬間、アイオンの姿が霧のように掻き消え、戦場を乱す。


右のオーガが鎖を大きく振り抜いた瞬間、アイオンは外側へ回り込み、懐に潜る。


あまりの速さに、オーガの視線が追いつく前に刃が骨の継ぎ目を叩く。

甲高い音と共に、亀裂が走った。


左のオーガが怒号と共に棍棒を振り下ろす。

だがその動きを、イザークはすでに捉えていた。


「そこだ!」


強化された反応が棍棒の影を裂く。

剣先が傷口へ吸い込まれ、骨が砕けて肉が断たれる。


「ガアアアアッ!!」


右のオーガが膝をつき、鎖が地面に落ちて土煙が舞った。

その隙をアイオンが逃さない。

踏み込みと同時に風が爆ぜ、刃が横一文字に閃く。


血飛沫が舞い、咆哮が途切れる。

巨体が崩れ落ちた。


だが残ったオーガは怯まない。

血走った目をさらに見開き、喉奥から獣の咆哮を響かせる。


全身の筋肉が膨れ上がり、血管が脈打ち、肌は赤黒く染まる。

握られた棍棒が低く唸り、巨腕が壁を叩き潰すように振り下ろされた。


岩壁が粉砕され、破片が弾丸のように飛び散る。

ウルが盾を突き出し、身をひねって破片を防ぐ。


――ガァンッ!


金属が悲鳴を上げ、衝撃が腕を痺れさせる。

肘に鈍い痛み。だが構えは崩さない。

受け切った瞬間、オーガは横薙ぎに棍棒を振るう。


「くっ!」


盾の縁が削れ、火花が散る。半歩押し戻され、膝が土を滑る。


その背を守るように、オニクが両手を構える。

地面が泡立ち、奔流が腰まで打ちつける。


足を取られたオーガがよろめく――そこへイザークが踏み込む。


鋭い突きが脇腹を狙うが、咆哮と共に棍棒が振り下ろされる。

ウルが盾で叩き上げ、衝撃を受け止める。肩に鋭い痛みが走る。もう一撃で盾が砕ける。


オニクの頬にも破片が当たり、血が流れる。

息は荒く、魔力の消耗は早い。長引けばこちらが先に崩れる。


アイオンが飛び出し、棍棒の柄を弾く。

イザークが逆方向から突くが、巨体がひねられてかわされ、膝蹴りが脇腹を打つ。

鈍い衝撃が内臓を揺らすが、アイオンは踏みとどまり、刃を押し返す。


退路にウルが盾を構えて壁を作る。

咆哮が洞窟に響く。

足は水に沈み、動きは鈍い――今だ。


「いい加減に、しろ!!」


アイオンが全力で双剣を振り下ろし、首筋へ深く沈める。

骨を感じた瞬間、片方の剣が折れた。


「とどめだ!!」


イザークの突きが貫通を助け、喉奥から血泡が弾ける。

巨体がよろめき、崩れ落ちた。血と土の匂いが一気に広がる。


静寂――残るのは、荒い息と、耳の奥で鳴り続ける低い音だけ。


「…どうにかなったか」


ウルが呼吸を整える。怪我はあるが、致命傷はない。


「オーガ達が支配者になって、ゴブリンに巣を守らせてたんだね」


オニクが冷静に分析し、息を整えて続ける。


「…確認しなきゃならないことがあるね」


その声に、イザークとウルが表情を曇らせる。


「アイオン、外に出てた方がいい」


ウルが低く言い、オニクも視線を落として続けた。


「…あまり見ない方がいい。どうあっても、いい結果にはならないから」


「どういうことです?」


短い沈黙の後、イザークが口を開く。


「…恐らく、奥には苗床がある。囚われて、ゴブリンを産まされてる」


洞窟の空気がさらに重くのしかかる。

アイオンは唇を結び、奥を見据える。


「…目を逸らしたら、同じになる。見なきゃ、わからないでしょ」


オニクはためらい、息を吐く。


「…わかった。僕は外でミリオンに無事を伝えてくる。塞がれてたら出られないからね」


そう言って振り返らず洞窟を出た。


残った三人は無言で奥へ進む。

通路には転がる死体。


肉を抉られ、骨が剥き出しの人の亡骸。

皮膚の色を失い、乾いた笑みを貼り付けたまま息絶えている者も。


干からびた胎児のようなゴブリンが、静かに笑っているように見えた。


「これは…」


アイオンの呟きに、イザークが答える。


「…奴らは人を拐って子を産ませる。…生きてても――」


言葉は途切れる。


足音が石壁に重く響く。

血と腐臭が喉を焼き、胃が軋む。

イザークもウルも表情は変えないが、その背は硬い。


やがて闇の中に人影が見える。

鎖で壁に縫い付けられ、衣服はぼろ切れ。

足元には血と粘つく液体が混じった水たまり。


アイオンは息を止めた。


「…くそっ」


ウルが低く唸る。

イザークは奥まで目を走らせ、重く息を吐く。


「助けは…もう間に合わねぇ」


平坦な声に、奥底の怒りが滲む。

アイオンは一歩踏み出すが、足が止まる。


生きている――だが、人として戻れる姿ではないことを直感で理解してしまう。

視線を逸らしたいのに、逸らせなかった。


ウルが静かに言う。


「――楽にしてやろう」


その言葉が胸を刺す。


しばしの沈黙の後、イザークが剣を抜く。

金属音が冷たく響く。


「お前はやらなくていい」


短い言葉と共に、首筋へ刃が振り下ろされる。

一人、また一人。呻きが途切れ、鎖の音も消える。


「…やりますよ。俺にできる事はそれだけなんですから」


アイオンは最後の一人に近づき、手を握る。

冷たく湿った感触。


「…ごめん」


呟きと共に刃を振り下ろす。



終わった時、奥には血と静寂だけが残っていた。

誰も言葉を発さず、ただ立ち尽くしていた。


やがて、イザークが鞘に剣を収めた音が、静寂を裂く。

重い空気がまとわりつき、呼吸さえも粘つくように感じられる。


「…行こう」


低く絞り出す声に、二人は無言で頷いた。

背を向けた途端、足取りが鉛のように重くなる。


通路を戻る途中、アイオンは何度も振り返りそうになる。

だが、そのたびにウルが視界を塞ぎ、前へと歩かせた。


外の光が、遠くにぼんやりと見える。

それは救いのようであり、同時に、この先に待つ報せの重さを思い出させる。


「…よくある事だ」


イザークが呟く。


「あんな扱いされて、自意識を保てる者はいない。そりゃそうだ。だから…割り切るしかない。

この後中の探索が行われる。その時に遺留品が見つかれば、それだけでも遺族に返してやれる」


ウルは簡潔で、だが僅かに掠れていた。


「良い事ばかりじゃないんですね、冒険者稼業って」


「ゴブリンの巣の駆逐がEからDランクの仕事なのはそういう事だ。

こういう仕事だ、と。どうするのか?と、問いかけるんだよ。

続けられるのか?どうなんだ?ってな」


「…耐えられなきゃやめろ。ですか」


その問いに、イザークもウルも答えない。

彼等もそれを乗り越えて、今Cランクになっている。


(…ランクだけ上でも精神性が釣り合ってない。

メリッサさんもここまで読んでたわけじゃないだろうけど…、やってよかった)


出口が見えた。

陽の光が心に安息を与えた。



外に出ると、冷たい風が汗と血の匂いを拭い去っていく。

待ち構えていた視線が、一斉にこちらを向いた。


ミリオンとオニクが駆け寄る。


「よく戻ってきてくれた…中はどうなった?」


その問いに、誰もすぐには答えられなかった。

代わりに、イザークが首を振り、視線を落とす。


ミリオンの表情が硬くなり、何も聞かずに私兵に振り返った。


「…遺体の収容を頼む! 外まで運んでやれ。探索も任せる。私も後から入る」


続けて冒険者に声を掛ける。


「外の魔物の魔石はあらかた取り終わったな? まだ稼ぎたいものがいるなら、中の魔物の魔石もとっていい。

しかし、奥には入るな! 残る者でこの場の処理をする。先に帰るものには伝令を頼みたい」


人々が動き始める。

その間、アイオンは空を見上げた。


(この世界は分岐世界…。魔物を作ったのはクソ女神じゃない)


空は、何事もなかったかのように広がっていた。

それが、ひどく――腹立たしかった。

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