魔物の巣③
奥に続く通路前で、最後の数体を斬り伏せた。
血を踏みしめながら進むと、やがて天井が高くなり、広間のような空間へと繋がっていた。
――そして、そこにいた。
赤黒い皮膚をした巨躯。
人の三倍はある身長、肩幅はウルの盾よりも広い。
右の巨体は両腕に鎖を巻き、棍棒のように振るっている。
左の巨体は背に骨の板を背負い、腰には獣の頭蓋を連ねた装飾。
二つの顔は、まるで鏡合わせ――双子のオーガだった。
一歩――ただそれだけで、空気が裂けた。
赤い眼が、心臓の鼓動を射抜くようにこちらを捉える。
「……これはマズいね」
オニクが低く呟く。
双子の口元はわずかに吊り上がっていた。
発する声も言葉もない。
あるのは、殺意と愉悦を混ぜたような笑みだけだった。
二体はゆっくりと左右に分かれ、出口を塞ぐように立つ。
奥から漂っていた異様な気配は、間違いなくこの二体のもの。
「……こんな奴ら、どこから……」
アイオンは汗ばむ手を双剣の柄に押し付ける。
イザークが唇を歪めた。
「見た目もでけぇが、動きも速そうだ。
こんなんが村の近くにいちゃ、落ち着いて生活できないな」
ウルは盾を構え直し、足を半歩前へ。
「最低でもBランク……注意しろ。格上だ」
その警戒を嘲るように――
鎖を巻いた右の巨体が、地を砕く踏み込みで一直線に迫った。
「速っ――!」
ウルが盾を構えた瞬間、鎖が流星のように振り下ろされる。
衝撃は盾を通して背骨まで響き、足元の石床がひび割れた。
「ぐぅ……ッ!」
押し込まれながらも、踏みとどまる。
だが次の瞬間、左の巨体が横合いから迫る。
「ウルさん、右ッ!」
アイオンが叫び、双剣を構えて飛び込む。
骨の棍棒を受け流し、逆腕を狙う――だが弾かれた。
皮膚は鎧のように硬く、刃はわずかに赤い線を刻むだけ。
「硬っ……!」
イザークが背後から走り込み、右の巨体の膝裏へ片手剣を突き立てる。
確かな手応え。
だが、膝をつかせるには至らない。
オーガは獣のように唸り声をあげ、振り返りざまに鎖を叩きつけた。
「下がれ!」
ウルが身をねじ込み、盾で受ける。
火花が散る。
「オニクさん!」
アイオンの声に応じ、後方の魔法使いが詠唱を終える。
青白い水槍が、左の巨体の顔面を貫いた。
直撃――だが奴は首をひねってかわし、頬をかすめた水しぶきが蒸気を上げた。
「当てたけど、浅い!」
息が上がる。
ここまでに何十体も斬り伏せてきた。
体力も魔力も、すでに削り取られている。
そして――双子のオーガ。
その動きは、人間の兵士を思わせるほど整っていた。
右の鎖が振り下ろされれば、左の骨棍棒が死角を突く。
片方を意識すれば、もう片方の攻撃が背中を狙う。
まるで二つの肉体を、一つの意志で操っているかのような狂気じみた連携だった。
「ちょこまか動いても、潰されるぞ!」
イザークが叫び、後退しながら剣で牽制する。
「こちらも連携します! 合わせて!」
アイオンが短く言い放ち、右の巨体へ突進する。
同時にウルが左の巨体の前へ飛び出し、全力で盾を叩きつけた。
甲高い金属音と共に、双子の注意がわずかに割れる。
その一瞬――オニクの詠唱が終わった。
水流が渦を巻き、右の巨体の足元を絡め取る。
「今だッ!」
イザークとアイオンが同時に踏み込み、膝裏と脇腹へ刃を叩き込む。
鈍い音が響き、右の巨体が呻き声を漏らした。
だが左の咆哮がそれをかき消す。
骨棍棒が横薙ぎに振り抜かれ、二人をまとめて吹き飛ばした。
床を転がり、肺の空気が一気に抜ける。
視界が揺れる。
アイオンは立ち上がりざまに双剣を構えた。
――まだ終わっていない。
オーガの突進は、巨体に似合わぬ速さだった。
鎖を巻いた右の巨体が、流星のように一直線に迫る。
その一撃は、ウルの大盾を正面から叩き割らんと振り下ろされた。
「ッぐぉ!」
重い衝撃音。
足元の石床がひび割れ、盾は辛うじて耐える。
それでも、全身が悲鳴を上げた。
「ウルさん!」
アイオンが一歩――いや、一瞬で間合いを詰める。
刹那、彼の身体は空気に溶けるように揺らぎ――
次の瞬間には、双剣がオーガの右脇腹を斬り抜けていた。
「ギァァァッ!」
咆哮が轟く。
赤黒い皮膚に深い傷が刻まれ、血が飛び散った。
だが、怯むどころか狂気じみた笑みを浮かべ、鎖を振り回す。
「退け、アイオン!」
イザークが割って入り、左の巨体へと向き直る。
骨の板を背負ったそいつが、巨腕を振りかぶり、獣の頭蓋をぶつけるような連撃を仕掛けてくる。
その瞬間、イザークの視線が鋭く光った。
全身の筋肉が一瞬で緊張し、呼吸が研ぎ澄まされる――身体強化。
速さではなく、反応を極限まで引き上げた動きだ。
「――そこだッ!」
振り下ろされる腕を紙一重で避け、返す刃で腱を狙う。
鈍い音と共に、オーガの動きがわずかに鈍った。
「いいぞ! 凄いなお前たち!」
ウルが再び立ち直り、盾で右の巨体の進路を塞ぐ。
だが双子は互いの背中を合わせ、死角を作らない。
まるで言葉を交わさずとも、呼吸で動きを合わせているかのようだった。
鎖が空を裂き、骨の打撃が床を砕く。
一撃ごとに耳を劈く轟音が響き、粉塵が舞い上がる。
「……消耗が早い……」
オニクが距離を保ちながら、水の矢を次々と放つ。
だが厚い皮膚と骨の鎧はそれを浅く弾き、傷を与えきれない。
それでも水弾は動きを止め、アイオンとイザークの隙を生み出していた。
「ウルさん、右を抑えて!」
「任せろッ!」
ウルが盾を前に踏み込み、鎖を受け止める。
その間に、アイオンが再び消えるような速度で懐へ入り、連撃を浴びせた。
刃は深く、速く――だが一歩でも踏み間違えれば、即死級の反撃が飛んでくる距離。
左の巨体が吠え、骨の棍棒を横薙ぎに振るう。
その殺到に合わせ、イザークが身体強化の反応速度でしゃがみ込み、すれすれで回避。
逆袈裟の一閃が、骨の隙間から肉を裂いた。
「ガァァッ!」
双子の動きが、一瞬噛み合わなくなる。
その刹那、アイオンとイザークが左右から挟み込むように斬撃を放った。
鮮血が飛び散り、赤黒い巨躯が膝をつく――かに見えた瞬間。
二体は背中合わせに立ち、互いの傷を庇うようにゆっくりと起き上がった。
その眼には、先ほど以上の殺意が宿っている。
「……タフ過ぎるでしょ」
アイオンの声が低く響く。
額を伝う汗が、血と粉塵の匂いに混じって落ちた。
双子は歩みを揃え、今度は同時に突撃してきた。
鎖と骨が、轟音と共に迫る。
避ければ味方が潰される。受ければ押し潰される。
「風よッ!」
アイオンが叫ぶ。
風が爆ぜ、空気が軋む。
次の瞬間、戦場そのものが弾け飛んだ。
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巣の外では、争いの音がすっかり途絶えていた。
28人で相手をしたのは、50を超えるゴブリン部隊と、ホーンラビット、それにウルフ。
「……終わったのか?」
私兵のひとりが呟く。
洞窟から押し寄せていた波が、完全に止まっている。
「やったのか?」
肩から流れる血を押さえながら、冒険者のひとりが続ける。
絶望的だった状況が、どうやら終わったらしい。
「油断するな! 今のうちに怪我人を診る! 重傷と軽傷で分けろ!」
ミリオンの声が響く。
負傷者たちは互いに支え合い、応急処置を始めた。
それでも、誰もが安堵の色を隠しきれない。
「軽傷者はすまないが後回しだ! 回復薬は重傷者に優先!」
そう言いながらも、ミリオンの視線は洞窟の入口から外れない。
(……こちらに出てきた数は想像以上に多かった。
中では、相当な戦闘があったはずだ。無事だといいが)
空を見上げる。
傾き始めた太陽の位置から考えれば――侵入から、すでに半日が経とうとしていた。
(……塞ぐような真似はしたくない。
できれば、そのまま……無事に出てきてくれ)
願いを胸に、ミリオンは再び治療へと戻った。




