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パーティ

朝のバルナバは、まだ冷たい風の中にも人の熱があった。

石畳を踏む足音、荷車の軋み、遠くで響く鐘――街が目を覚ます音だ。


アイオンは通りを歩きながら、ギルドで渡された依頼書をもう一度確認した。


「採取対象は青銀草とローレの根……北の草原、川沿いに自生している――か」


その横には、メリッサの細い文字で注意書きが添えられている。


『採取中は視野が狭くなります。護身を忘れないこと』


小さく息を吐き、依頼書をバッグに戻した。


北門に向かうと、見覚えのある顔が手を振った。


「おう、今度は一人か!」


門番が笑みを浮かべ、列の横から声をかけてくる。

背後には、移民用のテントが並び、子どもたちが走り回っていた。


「はい」


「無事に冒険者になったんだな!」


にやりと笑う門番に、アイオンは軽く頭を下げた。


「登録は済ませました。木札はギルドに返しました」


「そりゃ何よりだ! で、さっそく依頼か?」


「はい。薬草採取で、北の草原まで」


「ほぉ、堅実だな。だが――一応言っとく。最近、妙な魔物が出るって話だ。気をつけろよ」


「妙な魔物?」


門番は顎をしゃくる。


「ロックバードだ。昔はこの辺じゃ見なかったが、最近になって目撃されてる。注意しろ」


「そうですか。情報、ありがとうございます」


アイオンは礼を言い、北門を抜けた。

冷たい朝風が頬を撫で、遠くの草原が陽光を受けて輝く。


(ロックバード……オルババ周辺では見たことがなかった)


――あの時の賊が持ち込んだ魔物か? どれだけいるんだ?


(考えても仕方ないな)


背後で門が閉まる音を聞きながら、アイオンは川沿いの草原へ歩を進める。


朝靄に包まれた大地は、陽光に染まり、銀色にきらめいていた。


(青銀草とローレの根……依頼書にあったのはこの二つだな)


腰を下ろし、慎重に薬草を摘み始める。

銀色の茎に青い斑点を持つ草を、根を傷つけぬよう掘り取る――その時。


――カサリ。


耳に届いた微かな音に、指が止まる。

風の音とは違う。――獣の気配。


次の瞬間、甲高い鳴き声が草原を裂いた。

灰褐色の影が飛び出し、鋭い嘴が突き刺さる。


「……!」


反射的に跳んだ足元に、嘴が突き立ち、土が弾けた。

翼を広げた巨大な鳥が、鋭い眼光で睨む。


「これが、ロックバードか」


女神から授かった知識が脳裏をよぎる。

――嘴は岩を砕く硬度。突進は槍の一撃に匹敵。弱点は翼の付け根。


「なるほどね…」


アイオンは迷わず双剣を抜いた。

ロックバードが羽ばたき、風を裂いて突進してくる。


だが、アイオンは呼吸を止めた。

世界が、一瞬、静止したように感じる。


――ズガァン!


金属を砕くような鈍い音。嘴は逸らされ、ロックバードの体が宙を舞う。


嘴が迫った瞬間、一歩踏み込み、剣を交差させた。

金属を砕くような鈍い音。

嘴は逸らされ、ロックバードの体が宙を舞う。


「遅い!」


踏み込みと同時に、双剣が閃いた。

一閃、二閃。刃が翼の付け根を斬り裂き、鳥は悲鳴を上げて地に落ちる。


アイオンは剣を払って血を振り落とした。

目の前で痙攣していたロックバードは、やがて静止した。


「ふぅ」


息を整え、死骸を見下ろす。

羽は灰色に鈍く光り、嘴は岩を砕くほどの硬度を誇っていた。


(どの部位が売れるんだ? 嘴か? 爪か? 羽も魔道具に使えそうだけど)


しばらく考えた末、嘴と爪を丁寧に切り取り、油紙で包んだ。

魔石にもわずかに光が残っていたので、それも回収する。


(こういうのは、事前に確認した方がいいな。女神の基礎知識にも限界がある)


剣を収め、採取を再開する。

薬草の香りと風の音が、静かな草原を満たしていった。


――今日の仕事は、まだ始まったばかりだ。



ギルドの扉を押すと、酒と革の匂いが鼻をくすぐった。


まだ朝だというのに、ホールには数人の冒険者が腰を下ろしている。

彼らは地図を広げ、依頼書を手に談笑していた。


(……これが、“冒険者”)


カーラは一瞬だけ胸を弾ませた。

だが、その高揚はすぐに冷める。


彼らの視線がこちらをかすめた途端、冷ややかな笑みと無関心が返ってきたからだ。


(なんだよ……別に睨まなくたっていいだろ)


むっとしたままカウンターへ向かうと、そこにはメリッサがいた。

相変わらず涼やかな微笑みを浮かべ、書類を整えている。


「おはようございます、カーラさん。――では、始めましょうか」


「始めるって、何を?」


「私が教えるようにと、オルド支部長から許可を得ました。依頼の流れと、サポートの基本です。

報告書の書き方や査定の仕組み、緊急時の対応まで」


「え? それ、全部やるの?」


「はい。あなたが“サポート役”を務めるなら、最低限必要なことです」


メリッサはさらりと言い、紙束を差し出した。

整った仕草に、妙な圧を感じて、カーラは思わず受け取った。


――だが、その瞬間から退屈との戦いが始まる。



「この欄は完了した依頼の詳細を記載します。数量、品質、異常の有無――わかりますね?」


「……うん(いや、わからんし!)」


「報告が遅れた場合、ペナルティが発生します。理由は何だと思いますか?」


「……えっと……(知らねーよ!)」


次々と投げかけられる質問。

返せないたびに、カーラの胸にじわじわと苛立ちが積もっていく。


(なんだこれ? 冒険っていうより、事務仕事じゃん!)


ちらりとホールの外を見る。

そこに浮かぶのは、見えないアイオンの背中。


(アイオンは今、依頼をこなしてるのに……私、ここで書類とにらめっこ?)


爪先で床を小さく叩きながら、唇を噛んだ。

そのとき、メリッサがふと優しい声で言う。


「これが裏方の仕事ですよ」


「え?」


「退屈だと思われているんでしょうが、分業制のパーティでは当然の役目です。

ですが――大変でしょう?」


説明を終えたメリッサは、淡い微笑みを浮かべたまま、カーラを見据えた。


「カーラさん、正直に言いますね。あなたには経験がありません。

同じ村の出身というだけでは、彼――アイオンさんのサポートを任せるには力不足です」


カーラは一瞬、言葉を失う。


「現状、一人で全てを行い経験を積むべきです。そうやって皆、成長していくんです。

それに――アイオンさんは普通の冒険者ではありません。

オルド支部長から最上の評価を受けた、異例の新人です」


メリッサの声音は静かで、確信に満ちていた。


「彼がパーティを組むのなら、あなたの存在は意味を持ちます。

けれど今は……まだ、その時ではありません」


カーラの表情がみるみる曇っていく。

その変化を、メリッサは冷静に観察していた。


(――やがて、この子は気づく。自分の立場を)


(そして、自ら離れていく。その時、彼は“自由”になる)


「あなたが努力を重ねても――その頃には、アイオンさんはもっと遠くにいるでしょうね。

……追いつくのは、不可能ですよ」


カーラは唇を噛みしめ、何も言えなかった。



昼下がり、ギルドの扉を押すと、喧騒と熱気が流れ込んできた。

武具の軋む音、冒険者たちの笑い声、酒と油の匂い――それらが渦のように混ざり合っている。

アイオンは迷うことなくカウンターへ向かった。


背には薬草を詰めた麻袋、腕には布で包んだ素材。

その重みの中に、淡い疲労と、静かな達成感があった。


「おかえり!」


声に振り向くと、カーラが立っていた。

書類を抱えたまま、ぎこちない笑みを浮かべている。


「ただいま戻りました」


アイオンは淡々と答え、包みを置く。


「薬草は予定どおり。それと、魔物を数体、討伐しました」


「……魔物?」


カーラが目を見開く。

その横から、メリッサが歩み寄ってきた。


「詳しく聞かせてください」


「はい。ロックバードを一羽、ストーンモールを二体。

それと、牙の長い小型獣を一体」


包みを開くと、嘴や爪、黒い毛皮、そして小さな魔石が並ぶ。

どれも整ってはいないが、丁寧に扱われていた。


「どの部位が売れるのかよくわからなくて。

重要そうな部位を取ってきました」


メリッサは手袋をはめ、ひとつずつ確かめる。

そして静かに口を開いた。


「ロックバードの嘴は高値がつきます。武器素材ですから。爪も副産物として取引できます。

ストーンモールは牙が良品ですが、毛皮は傷が多いと価値が落ちます。

この黒い毛皮は……シェードウルフですね。牙が貴重です」


「覚えておきます。ありがとうございます」


アイオンは素直に頭を下げる。


(シェードウルフ……ウルフ系、多いな)


その光景を、カーラは黙って見つめていた。

胸の奥に、ざらついた感情が広がっていく。


――自分の知らない言葉、自分の知らない世界。


二人の会話が、自分のいない場所で進んでいくように思えた。


(……アイオンは、どんどん遠くに行く。私は……何をしてるんだろう)


「こうした知識があれば、戦利品の価値は何倍にもなります。

付近の魔物を事前に調べておくことも重要です」


メリッサは柔らかな声のまま、アイオンを見た。


「依頼を遂行するだけでなく、報告や査定も冒険者の仕事です。

もし望むなら――」


「望むなら?」


「もっと専門的な知識を、私がお教えします」


にっこりと笑うその顔に、微かな影が落ちる。

カーラの胸が、ざわりと波打った。

“あなたには無理”――そう聞こえた気がして。


(……この人、本当に、いい人なの?)


メリッサはその視線を感じ取ることなく、心の中でつぶやく。


(複数の魔物を仕留め、Dランク級の獣にも対応できる。――やはり本物)


(必要なのは経験。それを与えられるのは、私)


カーラの顔に曇りが差すことに、アイオンは気づかない。

頭の中は、素材の知識と成果の整理でいっぱいだった。


――小さなすれ違いが、徐々に広がっていた。



カウンターの上に並んだ嘴や爪、毛皮、薬草。

メリッサは手際よく査定を終え、帳面にペンを走らせた。


「――では、査定結果をお伝えします」


視線を上げると、表には数字が整然と並んでいる。


「青銀草とローレの根、ともに品質良好で+10G。

ロックバードの嘴が18G、爪が6G。

シェードウルフの牙は20G、毛皮は傷があるため15G。

ストーンモールの牙二本で7G。

合計76G。依頼料10Gを加えて、86Gになります」


「なるほど」


アイオンはうなずき、明細をカーラへ渡した。


「カーラさん、これでいいですか?」


「……え?」


思わず目を見開く。

まさか、自分に意見を求められるとは思わなかった。


「……たぶん、いいと思う」


「じゃあ、それでお願いします。半分ずつで」


アイオンの声は迷いがなかった。

その瞬間、メリッサの眉がわずかに動く。


「……本当にいいんですか? 半分で」


声は柔らかいが、微かな棘を含んでいる。

だが、アイオンは静かに微笑んだ。


「ええ。パーティですから」


ギルドカードを差し出すと、淡い光が走る。

金額が刻まれ、処理が完了した。


「43G、振り込み完了です。カーラさんも同額です」


「……ありがとうございます」


カーラはカードを受け取る手に力を込めた。

胸の中で、温かさと悔しさが入り混じる。


(……信じてくれてる。なのに、私は何も返せてない)


小さな拳が、かすかに震えた。



「――朝の初心者向け依頼をいくつかまとめました。

先方への確認も済んでいますので、安心してください」


書類を整えながら、メリッサが新しい束を差し出した。


「カルララ村までの荷物運搬と、その先の新設村までの物資配達です。

どちらも安全とは言えませんが、護衛を兼ねた依頼として適しています」


アイオンが顔を上げる。


「距離はどのくらいですか?」


「バルナバからカルララまでは二日、そこから新設村までは一日。

往復でおよそ五日行程です」


「……三日かけて片道、ですね」


地図を眺めながら、アイオンは隣のカーラを見た。

「……カーラさん、どうします? 受けますか?」


「え、私が決めるの?」


「はい。依頼を決めるのは、カーラさんに任せます」


カーラは視線を揺らし、唇を噛んだ。

――本当に、任せてくれるんだ。


「……やろう。せっかく用意してくれたんだし」


声は小さいが、芯のある響きだった。

アイオンは穏やかにうなずく。


「わかりました。じゃあ、それでお願いします」


メリッサは静かに書類へ印を押した。


「受注完了です。出発は明朝に。カルララでの宿泊先も手配しておきます」


「ありがとうございます。助かります」


「詳細はこの明細にまとめました。確認をお願いします」


アイオンは書類を受け取り、カーラを見た。


「これで問題ないですか?」


「え……うん。……大丈夫、だと思う」


「じゃあ、それでいきましょう」


カードの処理を終え、二人は頭を下げた。

メリッサはわずかに微笑む。


(……甘い)


「お気をつけて。――期待していますよ、アイオンさん」


扉を押し開けた瞬間、昼下がりの光が二人を包んだ。

同じ方向へ歩きながらも、二人の足音は、少しずつ距離を取っていった。

少しでも気に入りましたらブクマ、リアクションよろしくお願いします

感想もお待ちしてますm(_ _)m

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