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変わりのない日々の中で

今日も畑仕事に汗を流す。


魔道具という技術はあるが、どうやら畑仕事に便利な道具は存在しないらしい。

車のようなものが生まれることもなさそうだ。

ただ、属性魔石で蒸気機関の代わりができるなら、作ることはできるのかもしれない。

…もっとも、前世の知識がない自分には、それを考えることもできないが。


「アイく〜ん! お父さ〜ん!」


元気な声が畑に響く。


「お〜ナリア! …って、ベティ様!?」


思わぬ客に、ラクトが驚いた声を上げる。


「精が出ますね〜、ラクトさん〜、アイオンさん〜」


ベティはにこやかに挨拶をする。

今日は教会周辺で子どもたちに読み書きを教えているはずだったが…


「なにかあったんですか? この時間は勉強の時間では?」


「いえ〜、なにも〜。ただ、ナリアと他の子どもたちと遊んでいて〜、そのついでに会いに来ただけです〜」


微笑みながらそう返すベティ。

…遊びのついでにしては、少々距離がある気もするが。


「そうでしたか! ナリア、勉強はしっかりしたのか?」


「うん! 読み書きの続き〜!」


クソ女神を信奉する本来の女神教では、どんな民であれ望めば知恵を授ける――それが古来の教義だった。

だが、今の“女神の代弁者”を名乗る教皇を崇める新女神教では、知恵は“選ばれた者”だけが得られるとされている。

その“選ばれる”基準は――お布施の額らしい。


なぜそこまで歪んだのかは知識にない。

だがレアやベティのような、古き教義を守る司祭たちがいる村は少なく、最低限の読み書きさえできる子どもが珍しい世界だ。


そういう意味で――オルババ村は、恵まれていた。


「そうか! 偉いな〜! この村の子どもたちは皆リア様に教わって育つんだ。ナリアも頑張ろうな!」


ナリアを抱き上げて、満面の笑みで褒めるラクト。

その様子を、少し離れて眺めている。

それもまた、いつもの日常だった。


「良い眺めですね〜。混ざってきたら〜いかがです〜?」


ベティが声をかけてくる。


「…そんな年じゃないので」


「まだ13歳ではないですか〜? 子どもですよ〜」


にこにこと、あの二人を見つめながら、穏やかに笑うベティ。


「……もうすぐ14です」


「変わりませんよ〜? 子どもは子どもです〜」


「…この村では、レア様から見れば皆子どもですよ。混ざってきたらどうです?」


「…それ〜本人に言っては駄目ですよ〜? 気にされることの方が多いので〜」


苦言を呈するベティ。


レアは寿命の長い種族――エルフの血を引くハーフエルフ。

血の濃さに関係なくそう呼ばれるが、寿命は個人差があるらしい。

いずれにしても、見た目以上に長い時を生きているのだ。


「…わかってますよ」


無関心なふりはしているが、察する力がないわけではない。

教会にある墓。

あの中に眠る多くの人々を、レアは見送ってきたのだ。


「…ちぐはぐですね〜、あなたは〜。他人に興味はないのに〜、心情は理解できる〜。人を傷つけることもなんとも思わないなら、わかるんですが〜…釣り合ってないです〜」


驚いてベティを見ると、彼女はまっすぐにこちらを見つめていた。

笑みを浮かべながら、それでも目は――真剣だった。


「…あなた達は、本当はわかってるのでは?」


思わず、問いかけてしまう。


「…なにがです〜?」


視線を外すことなく、ベティは聞き返してくる。

その瞳の奥に、ほんの少し――期待の色があった。


……だが。


「…先に帰ります」


逃げた。

その問いに返された言葉が、怖くなった。


(あなた達は、俺がアイオンじゃないと知ってるんですよね?)


そう訊ねてしまったら、彼女たちはなんと答えただろうか――


去っていくアイオンの背中を、ベティは静かに見つめていた。



「…あいつが生きて目を覚ましてくれた。それだけで、俺たちは十分です」


ラクトが、畑の向こうから言葉を投げてくる。

ナリアは土をいじって遊んでいる。


「一度死んで…冥府でなにかがあったんでしょう。理由はわかりませんが、それでも、あいつは戻ってきてくれた」


あの夜の感動は、決して忘れられない。


確かに死んでいた。

何もできなかった自分たちの前で――息子が、目を覚ました。


「…死から蘇る奇跡。代償に、なにかが失われてもおかしくないですからね〜」


ベティも、あの夜をよく覚えている。

それからレアと共に数多くの文献を調べたが、同じような奇跡は過去になかった。

――女神がこの世界にいたとされる遥か昔の記録にさえも。


「それでも、文句ひとつ言わずに家の手伝いをしてくれます。セアラやナリアにも気を使ってくれている。…優しいあの子のままです。村人からの評判が少し悪いですがね」


「……」


昔のアイオンは、誰にでも笑顔で接する、社交的な子だった。

今のように人との距離を取ることはなかった。


だから、村人の印象には強く残っているのだろう。

評判が悪いというよりも――その変化を、受け入れられずにいるだけだ。


だが、それも三年続けば、やがて日常になる。


「魔物を狩るために森に入るって言い出したときは驚きましたよ。しかも、俺を打ち負かすほど力をつけていた。あれには本当にびっくりしましたね。…俺は、父親に勝てずに死に別れましたからね。自分を超えてくれましたよ。…まあ、大した壁じゃなかったですけど!」


豪快に笑いながら、ナリアを高く掲げるラクト。


「予感がするんですよ。あいつはこの村では収まらない。大きなことをする奴だってね!」


「大きな〜?」


「そうだ、ナリア! 大きなことだ! なにをするかはわからんがな!」


そのままクルクルと回ってナリアを笑わせるラクト。

幸せそうなその姿に、思わず微笑む。


「…そうですね〜。なにをするんでしょうね〜」


誰にも聞こえないように、ベティはそっと呟いた。


「さあ、帰ろうナリア! ベティ様も一緒にどうです? セアラの飯はうまいぞ!」


「いえ〜、このまま村を回る予定なので〜。ご厚意だけいただきます〜」


「そうですか! では、また!」


「ベティ様、バイバイ!」


「ええ、また〜」


二人に手を振って見送る。


その背中を眺めながら――


「…なにをするかはわかりませんが、なにかをするために“生き戻った”のでしょう。

そしてそれは――女神様の意思で」


風が吹く。

もうすぐ、冬がやってくる。

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