表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/152

女神教

日が沈む前に、ホーンラビットを7匹狩って村に戻る。

その足で、いつもの肉屋に向かった。


「買い取りを」


「お、アイオン! 今日は……7匹か! よしよし、ちゃんと血抜きもしてあるな。いい腕だ!」

「どうも」

「この手際の良さは…自警団でもビアンカくらいだな。じゃあ、きっちり21G!」

「…1Gは“きっちり”じゃなくないですか?」


冗談交じりに返しつつ、代金のゴールドを受け取る。

ホーンラビットのような低級の魔物肉なら、1匹あたり3Gが相場だ。


村で1日を不自由なく過ごすには10Gあれば十分。

金をしまい、軽く会釈して店を出ようとすると――店主が声をかけてくる。


「なあ、お前さんも自警団に入ったらどうだ? ラクトを打ち負かせるくらいなら、次期団長も決まったようなもんだろ。重宝されるさ」


「…嫌ですよ。一人の方が楽です。狩りだって、畑を荒らされたくないからやってるだけです」


店の奥では、魔道具――冷蔵庫のようなものの中に肉が並べられていく。

中を冷やすのは属性魔石。物によっては安価で、小さな村でも普及している。


「それにしても、ほぼ毎日来てるじゃねえか。しかも狩った肉は全部ここに卸して! 自分の家に持っていきゃいいのに。いや、助かるけどよ」


「家に一度持って帰ったら『店に売って自分の金にしろ』って、ラクトさんとセアラさんに言われてるんです。武器や防具を買って、少しでも安全に狩れって」


あのとき、初めて2人に少し叱られた。

―自分を養う分の負担を、少しでも減らしたかっただけなのに。


「でもよ、お前の武器、ずっと同じじゃねぇか。そろそろ買い替え時だろ?」

「…次の行商が来たら、買いますよ。では」


会釈して店を出る。

歩き出した足取りは…いつも通り、少し重かった。



「ったく…おーい、アバス! ここから忙しくなるぞ、手伝え!」

「…はーい」


聞き分けのいい自慢の息子だが、言わなきゃ来ないところが玉にキズ。

昔はアイオンと仲が良かったのに、今ではすっかり疎遠になっている。


「…お前、最近アイオンと遊んだりしねぇのか?」

「全然。話しかけても軽く会釈して、すぐどっか行っちゃうし」

「…ふうん」


まだ13歳の少年のはずだ。

もっと無邪気に、遊びたい盛りのはずなのに。


「変わっちゃったよ、あいつは。でも…子どもには優しいままみたい。こないだ、ラトとヘッダが喧嘩してたの止めてた」

「お前は見てただけか?」

「自警団の訓練前だったし…」


頭に軽くゲンコツを落とす。


「村の治安を守る自警団なら、子どもの喧嘩の仲裁くらいはしろ!」

「…はい、気をつけます」


涙目のアバスにため息をつきつつ、客が来たので接客に戻る。

いつしか、アイオンのことは頭の片隅へと追いやられていた。



家の前で、深くため息をつき、気合いを入れる。

一人で帰ってくるときは、転生してからずっとこれが習慣だ。

いまだに、ここが“自分の家”だと思い切れないから。


「ただいま帰りました」

「おかえりなさい、アイオン。怪我はなかった?」


セアラが、いつものように優しく迎えてくれる。


「はい。問題ありません」

「…そう。よかった」


抱きしめて無事を確かめようとするこのセアラの温もりが…嫌いだ。


「いえ、それでは少し外に出ます」

「レア様のところね? 気をつけてね。夜は森に行っちゃダメよ?」


軽く会釈をし、家を出る。

向かう先は――村に一つだけある教会。

あの“クソ女神”を祀る場所だ。



教会の扉を開ける。


「あら、アイオン。体の調子はどう?」

「おお〜、アイオンさん〜。教会へ〜ようこそ〜」


レアとベティが、いつものように微笑んで迎えてくれる。


「問題ありません、レア様。こんばんは、ベティさん」


膝をついて、女神教式の礼をする。

“クソ女神”にではなく、レアとベティへの敬意として。


「カーラがまた愚痴を言いに来たわよ。…あんなに冷たくされてるのに、よく懲りないわね」

「カーラさんは〜繊細なんですよ〜? 優しくしてあげてって〜言ってるでしょ〜?」

「俺にゼアスさんの代わりはできませんよ」


ため息交じりに答える。

兄のゼアスは、16で兵士になった。


本来なら長男が畑を継ぐべきだが、ラクトの活躍や武勇伝に影響され、兵士を目指したという。

ラクトもその意思を尊重し、背中を押してやった。


『お前もやりたいことをやれ。食ってく分の畑仕事くらい、俺が年取ってもできるさ』


…ゼアスが旅立った後、ラクトが笑いながらそう言ってくれたのを、今でも覚えている。


「…誰も、誰かの代わりにはなれないわ、アイオン」

「あなたは〜あなた自身として〜人と向き合うべきですよ〜?」


皆、俺に小言を言う。

―そんなに“悪い生活”だろうか?

前世の俺からすれば、これでも人付き合いはしている方だ。


「…明日の勉強会の予定は?」


話題を変える。

子どもたちの勉強会――その内容への助言。


前のアイオンは実際に子どもたちに教えていたらしいが、今の俺には無理だ。

だから、女神から与えられた基礎知識を活かして、助言だけしている。


「はぁ〜…明日は先週の読み書きの続き。ナリアとジルドには少し退屈かもだけど、復習になるし他の子も見てくれるから問題ないと思うわ」

「ため息は〜幸せが〜逃げますよ〜」


レアに紙を渡され、目を通し、少し修正を加える。

子ども目線なら、これくらいの内容でちょうどいい。


「それにしても、幸せね。…アイオン、あなたは?」

「え?」

「幸せに、生きてる? 今のあなたは」


レアが真っすぐな目で問いかけてくる。

ベティも、穏やかな笑顔のまま見ていた。


この二人は――なにかを知っている気がした。

今では少数となっているらしい旧女神教。

あのクソ女神を崇めている人たち。


「どうでしょうね。…生きてはいますよ」


紙を返す。

それ以外、言葉が出てこなかった。


「アイオン。家族を大事にしなさい」


レアの声が、真剣になる。


「あなたが変わったこと、ラクトたちも気づいているわ。それでも―あなたが生きていてくれることを、心から喜んでいるのよ? 拒絶されても、あなたを――」

「失礼します。シスターレア、シスターベティ」


話を遮って礼をし、教会を後にする。


どうしても、聞きたくない事だった。


―その愛情は、本来向けられるべきアイオンに向けられていたものだ。

今いるのはその愛情を奪って生きている、ただの簒奪者なのだから。



「…踏み込みすぎたのでは〜?」


ベティが、レアを少し非難するように見つめる。


「自覚できるまで見守ることだけが〜、今の彼にできることかと〜」

「…そうね。失敗したわ」

「レア様は〜あの子のこととなると〜冷静じゃいられませんね〜。…女神様は〜なにをお考えなのでしょうか〜?」


ベティが女神像を見上げる。

美しい白の女神像――今では珍しくなった偶像。

毎日磨かれ、清らかに保たれている。


「…なにも答えてはくださらない。それが、私たちの罪なのだから」

「…それでも〜祈ることは〜許されるのでしょうか〜?」


その答えは――誰にもわからなかった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ