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鏡職人は深淵と向き合い―作家は深淵と語り合う

気が付くと

僕は一面鏡の部屋にいた。


その中央で金属の板を丁寧に丁寧に磨いているものがいる。

彼はきっと鏡職人なんだろう。



彼は僕に気が付き―


「深淵と向き合う-----」

ときりだした。


「君は自らの深淵と語り合ったことがあるかい?

それは暗く暗く暗く暗い…

闇で闇で闇…

そういっても足りないほど

暗い闇

やみやみと書く

けど

文字通り闇には病がある。

すべての病理が闇には隠されているのだ

注意しないと取り込まれる」


そういうなり僕の目を見て

すっと目を外し

金属板を磨きだす


左右で目の色が違う。

オッドアイだ。

左が赤で右は青の美しい瞳だった。



「君は自らの深淵と語り合ったことがあるかい?

僕はある。

胸がかき乱された。

目の前が真っ暗になった。

希望は絶望へとかわった。


しかし…


それでもマゾヒストのように、

傷を恐れず 痛みを恐れず 悲しみを恐れず、

深淵と語り合うと…


まるで玉葱の薄皮をはぐように、

ぼんやりと自分の魂の形が見えてきた。


涙がでる。

しぜんと涙があふれる。


辛い悲しいという感情が浮かばないのに

ただ涙があふれるんだ」


僕は完全に言葉を失った。

理解ができるのか

できないのか…

わかるような

わからないような

そんな奇妙な感覚だった。


「君は自らの深淵と語り合ったことがあるかい?

それはとても辛いことだが

確実に運命をかえてくれることなんだ」


鏡職人を見ると

すーっと別人の顔になっている。

赤い目をした男だ。


「お話のなかでは、

僕はゲームプログラマーにだって、

科学者にだって、

お花屋さんにだってなれる。

僕はお話の中では神様にだってなれるんだ」


いったい何が起こっているのだ。


再び鏡職人を見ると

また別人の顔になっている。

今度は青い目をした男だ。


「妄想という言葉は、通常…蔑視の文脈で使われる。

しかしその妄想が物語や組織、

そして発明という形になった時。

人々は蔑視の視線を送ったことなど、すっかり忘れて

ただ拍手で称える。

まーどんなものを創造するかによるがな

妄想は自分ごと

創造は社会ごとなのだ」


そして…

漆黒に包まれた。


漆黒の中

僕はあることに気が付いた。


僕は自分じゃない誰かになろうと

もがき…もがき…苦しみつづけてきた。

究極の状況に、

最悪の状況に、

ありえない状況に

たたされ…

ようやく…

僕自身で生きることを決めた。


この苦境は

僕の第二の誕生であり

物語のはじまりなんだと…


胸がつまる想いをして

人は変わる

そう…

人が変わる瞬間は

いつだって

消化できない想いが

身体からあふれた瞬間なんだ。


僕は

英雄なんかにはなれない

勇者になんかなれない

聖人なんかにはなれない

でも…

物語をつむぐことはできる

そして

それで希望をつむぐことはできる

それが自分の存在証明というのであれば

それを受け止める覚悟もあるんだ。


そう言った瞬間

389枚の鏡が割れる音がした―


うねりが来た。

僕はそう直感した。


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