7章:静かな視線、読み違えたはずの温度
社内カフェスペースの一角で、真琴は他部署の営業・佐伯と笑い合っていた。
新しいプロジェクトの情報交換。冗談を交えながらの打ち解けた会話だったが——
「……楽しそうですね、先輩」
その声が背後からしたとき、真琴は少しだけ背筋をこわばらせた。
振り向けば、弓弦が例の穏やかな微笑を浮かべて立っていた。
「ああ、佐伯とは昔ちょっと組んだことがあってな。……お前も紹介しようか?」
「いえ、結構です。……話の流れ、邪魔したくなかったので」
にこりと笑う弓弦。だが、その目は笑っていなかった。
冷えた視線が、一瞬だけ佐伯の横顔を射抜く。
その後、二人きりになったオフィスの廊下で。
「……先輩は、社内でも人気ですね。どんなタイプが好きなんです?」
何気ない質問のように見えて、完全に私的な探りだった。
「……そういうのは仕事に関係ないだろ」
「でも、あなたの“判断基準”を知っておくのは、戦略上重要です」
「……は?」
「たとえば。あなたが“笑顔が上手い人”に好感を持つなら……僕も、考え直します」
ふざけたように言ったその表情の奥で、目だけが射抜くように真琴を見つめていた。
「……何が言いたい?」
「いえ。ただ……他の誰かに、あなたの機嫌を取られるのは、面白くないというだけです」
柔らかな語調で放たれたその言葉に、真琴は思わず息を飲んだ。
——あの男は、やっぱりただの後輩なんかじゃない。
何かが、じわじわと心の中に侵食してきている。