6章:触れた温度、読まれた心
プロジェクトの中間報告会が終わった帰り道。
会場から最寄り駅までの道を、二人で歩いていた。
「お疲れさまでした、先輩。……今日は、珍しく声が震えてましたね」
弓弦の皮肉はいつもどおり。けれどその声音には、どこか柔らかさが混ざっていた。
「寝てないんだよ。そもそも、お前が直前で修正案投げ込んできたせいだろ」
「でも、通りました。あなたの判断は正しかった」
「……素直に褒めることもできるんだな」
「ええ。ただし、手柄は折半で」
真琴が苦笑して俯いた、その瞬間だった。
突然、足がつまずいた。舗装の段差。体がよろめく。
次の瞬間、背中に軽く手が添えられていた。
「危ないですよ。……そんなところで、足を取られるなんてらしくない」
――触れられた。
それだけのことなのに、やけに意識してしまう。
背に回された手のひら。しっかりしていて、熱があった。
すぐに手は離れたのに、触れられた場所がずっと意識の中に残っている。
「……ありがと」
「いえ。先輩が転んだら、僕が困りますから」
軽口に見せかけた言葉の奥に、どこか私的な響きがある。
その夜、真琴は何度もあの感触を思い出していた。
背にあった手。肩を支えた力加減。振り返ったときの、あの目の温度。
そして、なぜか不安になる。
――あいつは、どこまで計算してあの距離を取ってきたのか。
仕事の駆け引きと違う。
これは明らかに、恋の戦略だ。