表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/59

58章:囲われているのは、どちらだ

東京に戻った翌週、社内はいつもの慌ただしさを取り戻していた。

 ――はずだった。


 真琴が会議室に入ると、すでに弓弦はプロジェクターの調整を終えていて、

 資料まできれいに配られていた。


「……早いな」


「主任が来る前に、整えておくのが当然でしょう?」


 それはただの仕事。

 けれど、彼が淹れていたのは真琴の好みのブラックコーヒー。

 あの夜から、朝の飲み物は変わっていない。


「……別に、いちいち気を回さなくていい」


「気なんて、回していませんよ。“あなたの快適”が、僕の効率を上げるだけです」


 どこまでも冷静に、しかしその実、

 すべてが「真琴の基準」で動いているという事実が、じわじわと胸を締め付ける。



 その日の昼、他部署の若手が真琴に話しかけてきた。


「長谷川主任って、柊木さんにずっとつきっきりですよね。あの人、長谷川チーム以外の案件、今月ゼロですよ?」


「……あいつの希望か?」


「いえ、あの人から“他の部署との兼務は避けたい”って言われました。

 『自分の適正が最も活かせるのは、主任の元だけなので』って」


 真琴は絶句した。

 それはもう、“無自覚”というには周到すぎた。



 その夜、オフィスの非常階段でタバコを吸いながら考える。

 囲ってるのは、俺か。

 それとも――囲われてるのは、俺か。


「……主任、体調崩したりしてませんよね?」


 背後から聞き慣れた声。振り向けば、いつの間にか弓弦がいた。

 手には、コンビニで買ったアイスコーヒーが2本。無言で1本、差し出してくる。


「甘いやつだな。俺、甘いの飲まないって――」


「今朝、ブラックばかり飲んでたから。そろそろ、糖分が必要な頃だと思って」


 それは、観察と戦略による“判断”だった。

 でも、まるで**“愛情”にしか見えない**やり方で。


 真琴は、冷たい缶を受け取りながら、自嘲気味に笑う。


「……お前、気づいてないかもしれないけど、そういうのはもう“恋人の特権”っていうんだぞ」


 弓弦は笑わなかった。ただ静かに、こう言った。


「じゃあ、僕にその特権があること――あなた自身が認めてくださいよ」


 その言葉に、心がじわ、と熱くなる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ