57章:変わったのは、どちらだ
朝の光がカーテン越しに差し込み、肌に当たる。
真琴はぼんやりと天井を見つめながら、静かに息を吐いた。
(……やっちまった、なんて思ってるわけじゃない)
後悔はない。けれど、現実がそっと肩に手を置くように、重たい静寂だけが部屋に満ちていた。
「おはようございます、主任」
低く、眠たげな声がすぐ隣から聞こえる。
顔を向けると、まだ寝起きの弓弦が、シーツの中で片腕を枕にしながらこちらを見ていた。
やけに自然で、まるで毎日こうして隣にいるのが当たり前かのように。
「……弓弦。お前……普通、こういうとき少しは気まずくなったりしないのか?」
「なんで?」
「……昨夜、何があったか、自覚してるだろ」
問い詰めたつもりだった。けれど、弓弦の返事はさらりとしていた。
「ええ。だから、今日から“あなたは俺のもの”だって、ちゃんと覚悟していますよ?」
さらっと言ったその一言に、真琴の心臓が跳ねた。
「……誰が、そう決めた」
「あなたですよ。自分で俺を選んで、触れて、キスして、全部預けた。
――その時点で、逃げ場はなかったはずですけど?」
笑っていない。
けれど優しい。
静かな声なのに、確実に心の奥を貫いてくる。
そして、弓弦はベッドの縁に腰を下ろし、寝起きのまま淡々と告げた。
「……もう、俺から逃げようとしないでくださいね。
これからは“あなたがいないと困るのは俺”じゃなくて――あなたのほうなんですから」
どこか甘やかすようなその言葉に、真琴は一瞬だけ目を伏せた。
(変わったのは、俺か。あいつか。――いや、きっと両方だ)
もう、元には戻れない。
だけど、それを“悪くない”と思っている自分が、確かにそこにいた。




