56章:理性の終わり、熱の始まり
唇が重なる。触れるだけのはずだった。
けれど、真琴の指先が弓弦のシャツの前立てを掴んだ瞬間、
そのすべてが一気に崩れ始めた。
「……本当に、いいんですね?」
弓弦の声は、いつになく低く、熱を含んでいた。
「今さら止まる気なんてない。俺が、選んだんだ」
もう、抗わない。もう、逃げない。
頭じゃなく、身体がそう言っていた。
次の瞬間、弓弦の手が真琴の腰に回り、静かに、だが確実に引き寄せる。
キスは深く、湿り気を帯び、息が絡む。
服の布越しに伝わる指先の温度が、やけに熱い。
ボタンが外されるたびに、肌が空気に晒されていく。
そこに、ためらいはなかった。
真琴自身が、そうさせているのだから。
ベッドの上、弓弦が見下ろしてくる。
その瞳には、もう理性も仮面もなかった。
あるのはただ、確信と欲――そして、愛しさに似た何か。
「真琴さん、今夜は……眠れませんよ?」
「……ああ。寝かせる気なんて、ないんだろ?」
苦笑とも嘆息ともつかない声が漏れる。
けれどその直後、首筋に触れる唇に、意識が一気に塗りつぶされていった。
熱に焼かれるように、
息が、感覚が、すべて弓弦に絡め取られていく。
これは、恋でも愛でもない。
もっと深く、もっとどうしようもない――「溺れる」という行為そのものだった。




