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53章:一線を越えない、でも戻れない

キスのあと、弓弦は何も言わなかった。

 真琴も、それ以上なにもできなかった。

 ただ、沈黙のまま夜が更けていく。


 ソファに座ったままの二人の間には、数歩分の距離と、重たい余韻だけが残っていた。


「……もう寝ろよ。明日も早いだろ」


 真琴がぽつりと呟く。声はひどく落ち着いているのに、指先が微かに震えていた。

 弓弦はゆっくりと立ち上がり、真琴のすぐ横で小さく微笑む。


「じゃあ、おやすみなさい。主任」


 そして、なぜかその言葉の最後だけが、やけに柔らかくて甘かった。


 ドアの向こうに彼の姿が消えても、真琴の胸の内ではその声が何度も反響していた。



 翌朝。

 外はまだ薄曇りで、ホテルのロビーにはほとんど人の気配がない。


「おはようございます」


 弓弦がコーヒーを片手に、自然な足取りで隣に並ぶ。

 けれど、目の奥には明らかに昨夜の続きがあった。

 あのキスを、「なかったこと」にしていない視線だった。


 ――ああ、これは、終わりじゃなくて始まりだ。


 真琴は、胸の奥が少しだけ痛むのを感じながら、黙って受け取った。

 彼の用意した、もうひとつのコーヒーを。


「……ブラック」


「必要な情報なので」


 淡々とした口調。けれどその一言が、妙に意味深に聞こえるのは、きっと気のせいじゃない。

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