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51章:ふたりだけの空気
会議室を出た瞬間、真琴は襟元を緩めた。
社内の視線が、やたらと刺さる気がする。けれど、冷静を装うしかなかった。
「さすが主任。今日はずっと背筋が伸びてますね」
耳元に落ちる、低く柔らかな声。弓弦だ。
周囲に人の気配があるのをわかっていて、平然と距離を詰めてくる。
「……ここは職場だ。弓弦、近い」
「じゃあ、“職場”じゃなければ近づいていいってことですね?」
その囁きと同時に、指先がわずかに真琴の手首に触れる。
ほんの数秒。誰の目にも触れないさりげない接触――なのに、真琴の鼓動は跳ね上がる。
「お前……っ」
「主任、今、顔が赤いですよ。大丈夫ですか?」
いたずらめいた微笑み。けれど、目はまったく笑っていない。
その奥に潜むのは、明確な“所有欲”だ。
真琴は口を開きかけて、何も言えなかった。
拒めば壊れる。許せば堕ちる。
その絶妙な狭間で、ふたりの距離は――確実に、恋人のそれへと、近づいていく。




