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40章:踏み越えそうな夜

 時計の針は、深夜一時を指していた。


 静かな部屋に流れるのは、もう冷めかけたコーヒーの香りと、互いの呼吸だけ。

 ソファに腰掛ける真琴の隣、弓弦はまるでそこが自分の部屋であるかのようにリラックスして座っていた。


「……そろそろ帰れよ。終電ないだろ」


「ええ、だから今日はタクシーで帰るつもりです。――それとも、泊めてくれますか?」


 冗談のような口調。だがその目は、真琴の反応を逃さない狩人の目だった。


「……冗談、言うな」


「主任がそう言ううちは、まだ理性が機能してる証拠ですね。少し安心しました」


 軽口を叩きながらも、弓弦は視線を逸らさず、徐々に距離を詰める。

 肩が触れるか触れないかの距離。


 真琴は言葉を飲み込んだ。

 逃げる理由が、うまく見つからない。


「……お前さ、昔からこうだった?」


「いいえ。こんな風に誰かの行動や言葉に一喜一憂するのは、主任が初めてです」


 鼓動が早まる。

 理性が、それを止めろと叫ぶ。


 だが、その時。

 弓弦の手が、そっと真琴の頬に触れた――指先が、耳の後ろの髪をすくい上げるように。


「……やっぱり、主任って、考えごとしてるとき無防備ですよね」


「……触んな」


 声はかすれていた。

 拒絶しきれないことに、自分が一番驚いていた。


 キスには至らない。けれど確実に、「その一歩手前」まで踏み込まれている。


 そして、それを受け入れかけている自分がいた。


 不意に、弓弦のスマホが震える音が響いた。

 着信画面を一瞥した彼は、それをすぐに切る。


「――誰からだ?」


「社の同僚ですよ。僕が“主任の部屋にいる”なんて知ったら、ちょっと騒がれるかもしれませんね」


「……バカ、ふざけんな」


 そう言いながらも、真琴の顔がわずかに強張った。


 ――この距離感は、もしかしたら誰かに気づかれているかもしれない。


 それでも、弓弦は揺るがない声で言う。


「隠してもいい。でも、手放すつもりはありませんよ、主任」



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