4章:囲い込みの兆し
数日後。真琴は意識的に距離を置いていた。
必要最低限のやりとり。業務連絡。チーム会議以外では、個別に会話を控えている。
……にもかかわらず。
「先輩、ランチの時間ですよ。ご一緒にどうですか?」
まるでタイミングを見計らったように、弓弦が声をかけてきた。
会議室を出た瞬間。迷いのない足取りで隣に立つ。
「……俺、今日は一人で済ませる」
淡々と返す。だが、弓弦は引かない。
「そう言うと思って、先に取っておきました。個室の席。混んでましたから」
ポケットから取り出された予約済の紙。そこには、時間も場所も、真琴の行動に完全に合わせたような内容が書かれていた。
顔には出さない。だが、真琴の心に不穏なざわめきが走る。
「……お前、俺のスケジュール、どこまで把握してる?」
「必要な範囲で、ですよ」
微笑を浮かべたまま、弓弦は言う。
「先輩が無駄な選択をしないように、最適化しただけです」
その“最適化”という単語に、真琴はまた警鐘を鳴らした。
やがて二人は並んで歩き出す。仕方なく向かったランチの店。
けれど――真琴は自覚していた。
今、この歩調で隣にいること自体、すでに“選ばされた”結果だということを。
弓弦の声が静かに耳元で落ちる。
「……先輩、あなたって、自分の感情を切り離して仕事するのが上手ですよね。けど――それ、逆に言えば、隙が多いってことなんです」
「……どういう意味だ」
「俺みたいなタイプにとっては、入りやすいってことです」
声は穏やかで、笑っていた。けれどその奥に、静かな執着が潜んでいた。
真琴は、言葉を失っていた。
まだ確証はない。けれど確かに、境界線が崩されつつあることだけはわかっていた。