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35章:静かな朝と、社内のざわめき

カーテンの隙間から朝日が差し込む。

 眩しさに顔をしかめ、真琴はゆっくりと目を覚ました。


 昨夜の空気がまだ部屋に残っているような、熱を帯びた静けさ。

 けれど、何も起きてはいない。

 あの夜、柊木弓弦はあくまで「触れそうで触れない」一線を守り続けた。


 ――けれど、あの距離感が一番危険だ。


 胸に残る余韻を抱えたまま出社すると、いつもと違う視線を感じる。


 「……長谷川主任、最近柊木くんとよく一緒にいますよね」


 休憩室でコーヒーを手にした後輩が、さりげなく言う。


 「まぁ、案件が重なってるからな」


 「そうなんですか? でも……なんか、雰囲気違いません? あの人、主任のことになると、少し態度変わりますよ」


 ごく自然に投げられた言葉に、内臓をすくわれたような気分になる。


 (……バレてる? いや、何も“して”ない。だが——)


 そんな真琴の思考を遮るように、廊下の向こうから弓弦が現れた。

 他の社員たちに軽く会釈をしながら、彼は迷いなく真琴の方へと向かってくる。


 「主任。昼休み、少しだけ時間いただけますか?」


 「……案件の話か?」


 「もちろん。案件の話です。ただ、外で落ち着いて話したくて」


 その目には、昨夜と同じ熱が潜んでいる。

 他人から見ればただの丁寧な会話。だが、ふたりの間には、明確な緊張が走った。


 ——これは、線引きの難しい“関係”に、誰かが気づき始めているという証。


 静かに、しかし確実に、周囲がふたりの距離に目を向け始めていた。

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