31章:誰かの視線
社内の空気に、微かな変化があった。
ふとした瞬間、同僚の視線が長く止まる。
ランチに向かうエレベーターで、妙に静まり返る数秒。
何かが、気づかれかけている。
「最近、柊木くんと仲良いですよね」
何気ない声色で、同じフロアの先輩社員が笑う。
「まあ、仕事上の絡みが多いからな」
真琴は笑顔を返しながら、内心で緊張を飲み込んだ。
だが、その横顔を見ていた弓弦の目は、ふと細められる。
――察している。
誰かが、何かに。
夕方、資料室で二人きりになった時。
弓弦は誰もいないことを確かめてから、低い声で言った。
「……誰かに見られるの、嫌ですか?」
「そういうんじゃない。ただ……お前が困るだろ」
「僕は困りませんよ。むしろ、やっと他人にもわかってもらえると思って」
その声音には、かすかな愉悦と独占欲がにじんでいた。
そして、真琴の耳元で囁くように続ける。
「“主任は、もう僕のものだ”って」
ゾクリと、背筋が反応する。
扉越しに誰かが通り過ぎた気配に、思わず距離を取ろうとした瞬間、腕を取られた。
「逃げる理由、あります?」
「……ない。けど、少しくらい慎重に動けよ」
「慎重に“囲う”ことなら、得意ですよ」
口元に浮かんだ弓弦の笑みは、穏やかで、それ以上に獰猛だった。




