3章:視線の裏側
午前のプレゼンを終えた帰り道、都内のカフェで短い打ち合わせを挟むことになった。出張先のクライアント対応を終えたばかりで、少しだけ気が緩んだタイミング。
「……正直、よくまとめたな。あの資料、直前で修正入れただろ」
テーブル越し、コーヒーに口をつけながら真琴が呟く。柊木弓弦はその言葉にわずかに眉を上げると、すぐに柔らかな微笑みを浮かべた。
「気づかれてたんですね。さすがです、先輩」
その声色は穏やかだ。だが、真琴は違和感を覚える。どこか、試されているような、深く観察されているような――そんな視線。
「……いつから俺の動き、追ってた?」
「最初から、ですよ。チームに入った時から、ずっと」
それは冗談とも本気とも取れるトーンだった。だが、柊木の目だけは笑っていない。
視線が交錯する。真琴は軽く眉をひそめた。
「仕事としてなら構わない。ただ――必要以上に詮索されるのは、好きじゃない」
「それは、“詮索”じゃなくて、“管理”です。…あなたに無駄な選択をさせたくないだけ」
その言葉が妙に耳に残った。
"管理"という単語に、真琴の中でわずかな警報が鳴る。
「……一つ聞くけど、お前にとって『上司』ってどういう存在だ?」
「……手の届かない場所にいるからこそ、手段を選ばずに追い詰めたくなる対象、でしょうか」
冗談のように言った弓弦の声が、不自然に静かな空間に響いた。
その瞬間、真琴ははっきりと気づく。
この男はただの“野心家の後輩”ではない。
――明確に、自分を“狙っている”。