29章:理由(わけ)と依存
翌朝、まだ薄暗い部屋の中で、真琴はベッドの端に座っていた。
昨夜、触れてはいない。だが、弓弦はあの距離まで迫り――真琴は、それを拒まなかった。
なぜ。
頭の中で何度も問い直す。仕事のストレスか? 弓弦の論理に負けたのか? それとも。
(……俺は、誰かに傍にいてほしかっただけか)
その時、背後からカーテンが開く音。
朝の日差しが差し込むと同時に、柔らかな声が降ってきた。
「おはようございます、先輩。眠れました?」
「……あんまりな」
寝間着のままの弓弦が、コーヒーカップを手に近づく。
「でも、逃げなかったですね。昨夜も、今朝も」
「勘違いするな。ただ……冷静になる時間が必要だっただけだ」
「じゃあ、冷静になってみてください。俺のいない今日を想像してみて」
弓弦の言葉はやさしく、なのに逃げ場がない。
言い返す代わりに、真琴は手の中のマグカップを強く握る。
けれど、ほんのわずかに揺れたその手を、弓弦は見逃さなかった。
「大丈夫です。俺は、先輩の“不安”も、“過去”も、全部受け止めますから」
「……お前、ほんとにずるいな」
「それ、昨日も言ってましたよ」
微笑んで、弓弦は真琴の隣に腰を下ろす。
「でも、それでも“そばにいてほしい”と思ってくれたなら。俺にとっては、それが何よりの答えです」
カップの中のコーヒーが、静かに湯気を立てていた。




