27章:迷路の出口
タクシーの中、窓の外を流れる街の灯りに、真琴は無言だった。
弓弦は隣でスマホをいじるでもなく、静かにその横顔を見つめている。
――あの一瞬、抱き寄せられても、拒めなかった。
自分がそれを望んでしまっていたのだと気づくには、ほんのわずかな間があれば十分だった。
だが、理性がそれを押しとどめ、結果としてすべてを先送りにしただけだ。
「ここ、通り過ぎてないか?」
「ええ。……今夜は、帰したくなかったので」
真琴が振り返るより早く、弓弦はタクシーのドアを開け、自分のマンションの前で降りた。
「……おい、柊木」
「このまま帰れば、あなたはまた“曖昧”に逃げる。だから、強引でも、ちゃんと向き合ってもらいます」
真琴の腕を取る手は、いつもと同じくスマートで、しかし拒めない圧を纏っていた。
「……何をしようってんだ、お前」
「話すだけです。……“本音”で」
その言葉に、逃げ場はなくなった。
部屋に入ると、弓弦はジャケットを脱ぎながら、振り返った。
「先輩。あなた、恋愛に不器用ですよね。
でも……俺は、それを知ってる。怖いなら、俺が代わりに手綱を持ちます。あなたは、俺に揺らされるだけでいい」
「何言ってんだ……」
「俺なら、あなたを傷つけずに手に入れられる。……その自信があります」
真琴は、言葉を失った。
理論でも理性でも説明できないこの夜が、いつの間にか、出口の見えない迷路のように広がっていく。