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22章:目を逸らせない朝

 ホテルのカーテン越しに差し込む朝の光が、やけに眩しい。


 真琴は目を覚ますと、隣のベッドに寝ているはずの弓弦の姿がないことに気づいた。


 ……と思った矢先、ドアがノックもなく開く。


「おはようございます、先輩。朝食、頼んでおきました」


「……何時だよ」


「まだ六時半です。混む前に済ませたほうが、合理的でしょう?」


 カートに乗った朝食が静かに運び込まれる。

 弓弦は黒いシャツにジャケットを羽織っていた。昨夜よりも距離が近いのに、妙に遠い。


 昨夜のことは“何もなかった”。

 キスすらしていない。ただ、言葉だけが、距離だけが、あまりにも親密すぎた。


「……お前さ、ああいうこと、慣れてんのか?」


「どれのことですか?」


「……人の懐に入るの、うまいってことだよ」


「それは評価と取っていいですか? ただ……」


 弓弦は笑みの裏に、何か別の感情を滲ませる。


「先輩相手にだけは、“演技”では済ませてません」


 真琴は黙る。

 その言葉が、昨夜よりもずっと重く響いた。


 ――この男、本気で俺を落としに来てる。


 わかってるのに、目を逸らせない。


 朝食のスプーンを口に運ぶたび、視線が交錯する。

 どちらからともなく会話が途切れ、音だけが続く。氷が溶けるような、静かで、苦しい時間。


 そして出勤。


 オフィスに戻ると、同僚の視線がやけに気になった。


「柊木と長谷川主任って、最近よく一緒にいますよね」


「また同じ案件? 息ぴったりって感じ」


 ただの噂話。なのに、真琴の鼓動が速くなる。


 ――まさか、あの空気を誰かに読まれてる?


 弓弦はというと、いつも通り涼しい顔で会議室に入っていった。

 だがその背中には、「全部、計算通り」と言わんばかりの確信があった。


「……このままじゃ、やばい」


 真琴は小さく呟いた。

 でも、それが“仕事のこと”なのか、“感情のこと”なのか、自分でもわからなかった。



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