21章:閉じ込められた夜
「……なんで、こいつと二人きりなんだ」
週末。クライアントとの会食後、急なトラブルで最寄りの交通機関がストップした。
帰宅困難になったメンバーはバラバラにホテルへ向かったが、なぜか真琴と弓弦は「手配の都合で同室」という結果に。
「落ち着いてください。僕が何かすると思ってるんですか?」
「お前が“何もしない顔”のときが一番危ないんだよ」
薄暗いホテルのツインルーム。
弓弦はすでにネクタイを緩め、グラスに氷を転がしている。
「先輩。少し話しませんか? ……お互い、酔いもあるし」
「酔ってねえよ」
「そうですか。じゃあ……これは、素面の判断ってことですね」
視線が絡む。
弓弦の目は、穏やかで……だが逃げ場のない静かな支配を孕んでいた。
「俺はただ……先輩と、もう少しだけ長く話したいだけなんです」
「……なんで、俺なんだよ」
真琴の声はかすれていた。
問いの意味には、いくつもの層があった。
なぜ、俺にだけこんなに絡んでくるのか。
なぜ、俺のことを、そこまで見ようとするのか。
――そして、なぜ、その視線が嫌じゃないのか。
「それは……一度選んだら、手放すつもりがないからですよ」
弓弦の声は、氷を伝う水音のように静かだった。
「選んだって……お前、何を……」
「先輩。もう、気づいてますよね」
彼が歩み寄る。
すっと、真琴の肩に手が触れる。だがそれは、すぐに離れた。
ほんのわずかな接触、しかしその余韻は肌に焼き付いたようだった。
「触れるのは、許可をもらえるまで我慢します。でも、心は……もう、囲いましたから」
その一言に、真琴は何も返せなかった。
理屈じゃない。けれど、その感情を否定しきれない自分が、確かにいた。




