2章:静かなる攻防
会議室の灯りが落ち、オフィスには静寂だけが残った。資料の整理を終えた真琴が机に戻ると、まだ一人、席を立たない柊木弓弦の姿が目に入った。
「……まだ残ってたのか」
「ええ。先輩の出したデータ、少し気になったところがありまして」
弓弦はモニターを閉じると、静かに立ち上がる。その足取りはゆっくりで、意図的に距離を詰めてくるようにも見えた。
「先輩って、現場感覚には強いですけど、時々――理屈のほうが置いてきぼりになりますよね」
声にとげはない。だが、その言葉は鋭く、明らかな挑発だった。
「……言いたいことはそれだけか?」
「いえ。むしろ、ありがとうございます。先輩がそうやって感覚で動いてくれるおかげで、僕の理論が映えるので」
にこりと笑う弓弦。真琴は一歩だけ、後ろに重心をかけた。冗談とも本音ともつかないその言葉に、軽い警戒心が走る。
「俺に逆らって得だと思ってるのか?」
「逆らってるつもりはありませんよ。ただ――」
弓弦が少しだけ、声を落とした。
「“正しい選択”をしたいだけです。……僕だけじゃなくて、先輩にも」
その目は冷たく静かで、だが確かな熱を宿していた。まるで、見透かすような眼差し。
「もっと僕を使ってください、長谷川主任」
言い捨てるようにそう囁くと、弓弦はコートを手に取り、ゆっくりと出口へ向かった。
残された真琴は、ほんのわずかに息をつく。手の中のペンが、無意識に強く握られていた。
――この男、どこまでが仕事で、どこからが“意図”なんだ。