14章:心を揺らす音
深夜、眠れずにベッドに背を預けたまま、真琴は天井を見つめていた。
あいつ――弓弦がマンション前に現れたとき、自分は「怒る」べきだった。
けれど実際には、言葉を失い、拒絶もできずに立ち尽くした。
あの冷静な顔と、あの声。
怒りとも困惑ともつかない感情が、胸の奥で滲んでいた。
「……おかしいな、俺。こんなことで」
スマホに通知はない。
けれど、どこかで期待している自分がいた。
またあいつが、仕事の“ついで”の顔で何かを送ってくるのではないかと。
そのとき、不意にLINEの着信音が鳴った。
心臓が跳ねたのは、ただの反射だったと思いたかった。
【弓弦】:
《主任、今日は不在通知出さずに帰りましたね。
あなたの“心の在処”を把握するのも、仕事の一部なので。》
――仕事。
そういう風に言えば、すべてが正当化される。
けれどそれは、真琴が一番得意だったはずの“論理の隠れ蓑”だった。
返信は、しない。
けれど既読にはしてしまった。
弓弦からの次のメッセージは、すぐに届く。
【弓弦】:
《おやすみなさい。主任の夢に僕が出る確率、今夜は高そうですね》
からかいにも似たその言葉に、スマホを伏せて息をつく。
――あいつ、本気で、俺の隙間に入り込もうとしてる。
そして、それを「拒めない」のは、過去の自分が原因だった。
***
思い出すのは、数年前の別の男。
最初は優しく、支えてくれた人だった。
けれど、真琴が自分をさらけ出した瞬間に、相手は冷めた。
「そんな顔もするんだ」「期待したほどじゃなかったな」
あの言葉が、まだ胸の奥で爪を立てている。
だからこそ、誰にも本当の顔を見せないようにしてきた。
なのに――
「……弓弦、お前だけは……」
そう呟いた自分の声に、真琴は思わず目を閉じた。
このまま眠ってしまえば、現実から逃げられる気がした。
だが、その夜の夢には、やはり“あいつ”が出てきた。
距離を詰めて、耳元で囁くような声で。
「逃げても、僕は追いますよ。主任」




