表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/59

10章:崩れる境界線

 タクシーの中。

 夜の雨が窓を叩き、車内に静かな密室をつくっていた。 


「今日は……助かったな。お前がデータの穴に気づいてなかったら、プレゼン飛んでた」


「当然ですよ。あなたが無駄に頭を下げるのは、見たくないので」


 弓弦は隣のシートで、変わらない冷静な口調を保ったまま、傘を手元で整えている。

 その指先を、視線の端で追っている自分に、ふと気づいてしまう。


 今までは、こんな状況になっても“何か言わなきゃ”と思っていた。

 けれど、今は違う。ただ黙っていても、この沈黙を彼が壊してくれるという、妙な安心感がある。


 ――それが怖い。


「……なんでお前、そこまで俺に関わるんだ」


「あなたは、放っておくとすぐ、全部一人で背負おうとする。合理的じゃない」


 皮肉っぽく言っているはずなのに、どこか優しい響きが混じる。

 それがまた、過去の誰かを思い出させた。


 ――あのときも、そうだった。


 真琴が社会人になって最初に付き合った男は、部署の隣席にいた先輩だった。

 優しくて、でも自己犠牲の多い人。無理を重ねて体を壊し、ある日突然、音信不通になった。

 そのことがあってから、真琴は“誰かに頼る”ということが、うまくできなくなっていた。


「……放っておいてくれよ。俺が勝手にやるって言ってんだ」


「そうやって、全部シャットアウトするから、誰もあなたに踏み込めないんですよ」


 弓弦の声に、苛立ちも怒りもない。ただ、どこか哀しげだった。


「じゃあ、お前は……踏み込むつもりかよ」


 問いかけると、弓弦はこちらを見た。

 いつものように冷静な笑み。でも、その奥に、確かに熱が宿っていた。


「ええ。戦略として最適解ですから」


 ――逃げられない。


 タクシーは彼のマンションの前に停まった。

「雨、強いので。少しだけ、上がっていきませんか」


 自然な口調だった。でも、それは罠だと本能が警告している。

 この扉の先に、確実に何かが変わる「夜」があると。


 それでも、真琴は傘を受け取りながら、彼の後を追ってしまった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ