1章:衝突の始まり
「このターゲット設定、ずいぶんざっくりしてますね。」
会議室の空気がわずかに張り詰めた。柊木弓弦は真琴の差し出した資料を指先でなぞりながら、わざとらしく眉を上げる。
「俺なら、もっと合理的にできますけど?」
その言葉に、真琴は一拍だけ静かに息を吐いた。挑発とわかっていても、口をつぐむには癪すぎる。
「合理的って、数字を並べるだけの話じゃない。現場の空気や流れを読むのも、マーケティングの一部だろ」
「もちろんです。けれど、“流れ”でしか語れないものに、予算は割けません。上が求めているのは、確実性ですから」
にこりと笑うその表情には、年下らしい遠慮は微塵もない。むしろ、自分の理論が正しいと確信している目だった。
初めてのタッグ案件。真琴はこの若手が“使える”とは聞いていたが、ここまで冷静に噛みついてくるとは思っていなかった。
「……ずいぶん自信家だな」
「いえ、先輩には敵いませんよ。ただ、精度の低い仮説は立て直した方が、全体のためです」
真琴は笑いながらも、心のどこかでぞくりとした。敬語に包まれたその反論の一言一言が、鋭く皮肉めいて響いてくる。
彼はきっと、ただの“優秀な後輩”ではない。これは間違いなく、言葉と論理を武器にした――知的な宣戦布告だ。