第二話 仕打ち
第二話 異世界
外に出ると、騒がしいくらいににぎあう街。
ただ、いつもの見慣れた街はどこにもなかった。
「……どこだよ、ここ」
道にはコンクリート。ではなく、石畳で整頓された大きな長い道が一本、見切れないくらい程に果てしなく続いていた。そして、その道の先。ゲームの世界にあるような城が、まるで俺を俯瞰するように聳え立っている。
その道を両脇から挟むように様々な店が並んでおり、そこには見たこともない食べ物が沢山売買されていた。
そして極めつけは――人じゃないものがいる。
所謂獣人、というものなのだろうか。獣が四足歩行ではなく二足歩行で道を平然と歩いている。
漫画やアニメでしか見た事がないような、信じ難い光景に体の全身が硬直する。
呼吸が荒くなり、騒がしかったはずの街の騒音もまるで嘘だったかのように消え去って、心臓の激しい鼓動音だけが響いている。
現実な訳がない、信じられない。
息を少しずつ整えていると、右肩にずっしりとした重みが突然襲ってくる。
「兄ちゃん、もしかして昨日ここらで倒れてたやつじゃねえか?」
緊張して口はパクパクと機械的に開閉することしかできず、やっとの思いで発しようとした言葉も奥に居た獣人に遮られてしまった。
「ああ、あれってこのあんちゃんか!」
「皆心配してたのよ~、よかったわ元気そうで!」
「にしてもかなりの男前やねえ!おばちゃん惚れちゃいそうだわぁ」
周りから次々と優しい言葉や笑い声飛び交い、直ぐに和気あいあいとした雰囲気に包まれる。
姿形は違っても、みんな優しい。
先程の緊張や恐怖も次第に緩み、強張っていた体の力も徐々に抜けていく。
「ところで兄ちゃん見かけない顔だな……国端の方から買い出しにでも来たのか?」
「いや、気付いたらこの屋敷に寝てて……」
そう呟きながら屋敷の方へと視線を移すと、獣人の耳がピクリと震えた。
「…………この国の人間ではないってことか?」
「あ、うん……日本ってところから来て、あそこの女の子に助けてもらったんだけ――」
異様なまでの浮遊感、気付くと湊の体は、空へと高く吹っ飛んでいた。
空中で見えたのは、この世のものを見るとは思えない顔でこちらを睨みつけ、振り切った拳を握りしめる獣人。
次の瞬間、遊園地のアトラクションのように体が急降下し、背中が思い切り地面に叩きつけられる。
鈍い音と共に地面へぐったりと横たわり、器官が潰れたのか「かひゅ」と間抜けな音しか鳴らすことができない。
「な"っ…………で……っ」
「異世界人な上にあいつらのお世話になったってのか、……とんだカス野郎だな」
地が揺れるほどの重い足音に恐る恐る見上げると、道行く人々の軽蔑の眼差しと獣人の鋭い目線が一斉に湊へと集まっていた。
「今すぐ目の前から消えてくれ。そうでもしてくれないと、俺はお前を殴り殺しちまう」
再び地面へと叩きつけられ、全身に強烈な痛みが走る。
「――ぁっ"」
声にもならない悲鳴が漏れ、その場にうずくまるがそんなものでは抑えきれないくらいの激痛が湊を襲い続けた。
顔が、腕が、指が、頭が、腹が痛い。
地面にうずくまって叫び続ける湊を、獣人は早くいけ。と言わんばかりにこちらへと鋭い視線を向け続けた。
「クソ"……っ!」
辛うじて動かせる右足で重心を保ち、霞んだ視界の中でも映る大きな城をめがけて走り出す。
それ以外、選択はないのだから。
黒いペンキで塗りたくったような、それほどまでに暗くなった夜道を歩き続けて何時間経ったのだろうか。
いつもより心細く、痛みを伴う夜は心なしか長く、永遠に続くような不安感が湊へと押し寄せていた。
ふと正面を見上げると、大きな道の中心を阻むかのように二人の大小の影が月の反射で映る。
また殴られるのかもしれない、なんて考えはすぐに疲労感によって都合よく頭から掻き消されてしまった。
「ようやく来たか、災難だったな」
「あ……誰?」
何処か聞き覚えのある声、ただそれ以上動く気力もなくなってその場に倒れこんでしまう。
朱色の綺麗な髪をした小さな少女と、貼り付けたような笑顔を不気味に浮かべている糸目の男。
「おい、アベル」
「承知致しました」
腹下に腕が差し込まれ、そのまま空へと身体が持ち上がる。
まるで夢の中の様な、ふわふわとした感覚に包まれたままぼうっと目を閉じる。
その瞬間、湊の意識は再び闇の底へと落ちた。