パンプールでの最終決戦
「な?」
「ええ⁈ 」
「…ボニー?」
場に衝撃が走る。女王が、教諭が、学園長が受け止め切れずに狼狽える。モイラに至っては、この世の終わりの様な顔で俺を見つめている。
「じゃあ…あの…契約は? 召喚者と召喚魔の主従契約は? 嘘…なの?」
「…まあ、そういう事になる。召喚はされたが、主従契約は結び損なっている。俺が…合わせていただけ、だな。」
「そんな…そんな…」
あ〜あ、今度は俺が、モイラまで泣かせちまった、最低だな俺。モイラ、物凄くショックを受けてる。俺の事本当に信じ切ってたんだなあ…。ごめんねモイラ、本当にごめん。そして、さよなら…。
「お前がエボニアム? そりゃあ見た目はそっくりよ。最初は私もエボニアムが居ると思った。でも、お前の発するオーラが、物腰が、そして私の勘が、別人だと判断するのよ…。」
未だ半信半疑な女王。が、既に事は起こしてしまった。
グイースがフレスベルグに命じ、召喚魔は動力室へ入って行くと、早速作業を始める。両の足で魔結晶を抱え込むと、留め具も何もお構いなしで引きずり下ろそうとし始める。途端に辺り一面の空間に違和感が広がっていく。同じ空間の"裏側"に存在していた擬似空間が消えて行こうとしているのだ。そして遂に、ゴキンッと言って魔結晶は台座から外され、フレスベルグがそれを抱えてグイースの元へ戻って来る頃には空間の違和感は目眩を感じる程までになり、何も無かった空間に小動物やら妖精やらがぽんぽん出現し始める。いよいよ異空間が消滅しようとしているのだ。
「あれえ、また…、あ、アンジー!! 」
割と近い所に出現したシルフ、彼女の叫びにハッと気付けば、グイースがアンジーを捕まえたまま塔の外に出ようとしている。手に入った高価な魔結晶と共にトンズラを決め込む気だろう。逃すかこのやろう! と思いながらその後を追って塔の出口へ走る。するとそこに、それは居た。巨大な、これぞまさしく怪獣、ドラゴンである。実物のドラゴンなど初めて見るが、大体想像通りの外見。大きさはロック鳥と大差無いが、醸し出す威圧感がまるで違う、災害級と言われるのも納得だ。そしてやはり、無理矢理居心地良い寝床から追い出されて、すこぶる機嫌は悪そうだ。
塔から出ていきなりこいつと目が合ってしまったグイースは、完全に固まっている。ドラゴンが首をもたげ、頭を引いて、口を開く。何かをグイースに向かって吐きかけようとしている! そう直感した。グイースもそう感じた様で、あろう事か奴はアンジーを前に出し、盾にしようとしてやがる! 俺はもう反射的にドラゴンとアンジーの間に割り込み、翼の魔法障壁を展開した。すると案の定、ドラゴンが火の様なものを吐き出した。障壁でそれを受けようとするが、奴が吐いたのは、火ではなくマグマだった。もちろん熱いことは熱いが、それよりも"質量"の方が問題で、物理的な衝撃を受け止めるのにこの魔法障壁が余り向いていない事が分かった。しかしそれを根性で持ち堪えて、その場に踏み留まる俺。その間にそそくさと逃げ出すグイースだが、追って来た女王や教諭のバルキリー等に阻まれている。まあ、距離は取ってくれた方がやり易いので状況は少し良くなったとしよう。
とは言えドラゴンの初撃だけでこっちは割とボロボロだ。防ぎ切れなかったマグマを結構食らってしまったのだ。おまけに何とか弾いたマグマも辺り一面に飛び散って火の海と化しており、制御塔も燃え始めている。ブレスひと吹きでこの有様だ、鎮圧を急がないとどれだけ被害が広がるか分からない。
俺は一転、攻勢に転じる事とする。まずは渾身のエボニアム・サンダー。動きが早い訳では無く、的もでかいので簡単に当たる。しかし、思った様な効果は上げていない様に見える。当たった瞬間、一瞬痺れて止まるが、すぐ何も無かったかの様に動き出す。
「ドラゴンには元々魔法は効きにくいですグワ、雷とグランドドラゴンは相性最悪でクエ!」
ネビルブの助言にそういう事かと剣を抜いて斬りかかる。
ガツンッ!
硬っ!…、岩にでも斬り付けたかの様な感覚、全く傷付けられる気がしない。だがこの明らかな敵対行動に向こうもキレた。奴の頭頂に一本有る角が何とも言えぬ怪しい光を放つ、直後に起きる大地震! 立っておれないレベルの揺れに地面も裂け、既に炎上していた制御塔がひとたまりもなく崩れ落ちる。そしてその場に這いつくばるしか無い俺を奴の牙が襲う。転がる様にしてこれをかわした所に右足、左足のワンツーパンチ。喰らえば一撃でペシャンコ確実のこの攻撃を辛くもかわす。しかし間髪入れずに繰り出された尻尾の横薙ぎの一閃を当々まともに喰らってしまう。吹っ飛ばされ、学園の丈夫な外壁を突き破り、森の木々を次々と薙ぎ倒してやっと止まる俺。一瞬気が遠くなったが、必死で気を持ち直し、起き上がろうとして、体中に激痛が走る。骨が何本かと、多分内臓も幾つかいかれたらしい。そして急速に自己修復がされていく。
何とか立ち上がると、もう俺を片付いたと判断したか、別の目標を求めて暴れている。やばい、早く何とかしなくては。だが何か対策しないと有効な攻撃手段が無い。昨夜読んだ魔法書によれば、確かに"土"の性質の魔物に対して雷撃は効果が薄いとは有った。逆に効果的なのは"水"系と書かれていたが、どうも水で攻撃というイメージが湧かない。恐らくこの"イメージが湧かない"というのが、俺の様な"呪文"に頼らないスタイルの魔法行使には絶望的な事なのだと思う。つまり俺は今水の魔法は使えないのだ。
これと言った打開策も思い付かぬまま、とりあえず地震がヤバいので空に上がる。そのまままっしぐらに奴の方へ向かい、その勢いに乗り奴の首筋辺りに蹴りをかます。結局肉弾戦しか思い付かなかった訳だが、この後も必死に殴る蹴るするものの、牽制にはなっている様だが、多少鬱陶しい程度の反応で、到底決定打にはなり得ない。対して奴からの反撃は相変わらず当たったら終了レベルの猛攻で、実際もう一発いいのを貰ってしまったら、今度は直ぐに立ち上がる自信は無い。気付けば防戦一方、完全にジリ貧だ。そんな中、ドラゴンは再びマグマを吐き散らす。空の俺はこれは避けられはするものの、遂に校舎まで燃え出して地上は阿鼻叫喚だ。
「やっぱり駄目だったじゃない、エボニアムもどきめっ! 」
吐き捨てる様な女王の声を聞く。見ればバルキリーや学園長と共に、未だグイースと睨み合っている。アンジーも捕まったまま。モイラも教諭とその場に居るが、心ここに在らずに見える。そしてこの膠着状態のまま、徐々に炎に取り囲まれていく。もう一刻の猶予も無い。
さりとて打開策も思い付かない、逆にこちらが追い詰められている状況に、気持ちばかり焦る。何か…、何か無いのか! 等と想いを巡らす事に気が行ったせいか、奴の尻尾の先に引っ掛けられてしまう。かすっただけなのだが、空にいた俺はきりもみ状にバランスを崩し、マグマのさ中に墜落する羽目に…。慌てて俺は身体に魔力を流し、炎のダメージを何とか免れる。その時、ようやく俺はある事に思い至る。ドラゴンには魔法があまり有効でない。だが、自分自身になら幾らでも魔力を使う事が可能だ。だったら、俺の魔力を自分の身体強化に全振りして、肉弾戦での力の差を埋められないだろうか? いや、もうそれしか無い! 俺はそう結論付けた。後はイメージだ。身体強化の具体的なイメージ、イメージ…。
ドラゴンがしつこい羽虫に止めを刺そうと墜落した俺にズンズン迫って来る。そんな巨大な敵に対抗出来る様な身体強化のイメージ、昔テレビか映画で見た様なシーンが頭に浮かび、イメージは出来上がった!
「デュワッ!! 」
掛け声と共に、俺の考えた身体強化を実行する。ムクムクと全身が膨れ上がり、視点が見る見る高くなる。怪訝な顔のドラゴン、その向こうで、驚きと呆れが入り混じった様な顔でこっちを見ている女王、教諭、学園長に、グイースも。モイラやアンジーまで泣き腫らした目のまま呆けている。俺は、"巨大化"したのだ。元の10倍以上は有る巨大魔神へと変貌した。力の強さ、身体の硬さ、全てスケールアップを果たした。これが俺の、究極的身体強化の"答え"だ。そう、戦闘シーンのハイライト、巨大戦だ!
俺はドスドスと奴に駆け寄ると、がしっと組み付く。今やサイズは同じ程度、まさにがっぷり四つだ。そしてそのまま押し合う。さすが向こうは四つ足、踏ん張りの差でじりじり押し戻される。俺は奴の下に潜り込む様にしてその上体を抱え上げ、踏ん張りを殺そうとする。そして遂にはえいやっとばかり、奴の体そのものを持ち上げ、頭上に掲げ上げてしまう。とんでもない重さだが、究極に強化した身体能力なら、ここまでの事が可能だった。俺は抱え上げたドラゴンを、そのまま学園の外にぶん投げる。地響きをたてて奴の落下した先は、狙い通り、"あの"、広場だ。
落下ダメージを受け、かなりキレている様子のドラゴン。こちらに向かい、マグマを吐く準備に入る。そうはさせじと俺はまたドスドスと奴の元に走り寄り、奴の下顎をガシッと掴み、そのまま手を上方に突き上げる。ブレスが吐けなくなった奴は前足をジタバタ、しかし長さが無いので脅威にはならない。代わりにフリーの尻尾がバシバシと攻撃して来る。俺もフリーの右手でガンガンと殴る、殴る…。ムチどころか丸太で殴られている様な奴の尻尾の攻撃に、皮膚は裂け、骨が軋む。が、こうなれば我慢比べだ。向こうのダメージだってかなり蓄積されている筈。端から治っていく俺のダメージより奴の方が深刻な筈だ。まあ、とりあえずすげえ痛いけど…。
ここへ来てさすがに危機感を感じてか、ドラゴンが次の手を打つべく、頭の角を光らせ始めた、地震攻撃か? そうはさせるか! 俺は高く掲げていた奴の頭を一気に引き下げると、光を増しつつある角に渾身の頭突きをかます。額に魔力を集中させてガチガチに硬くし、体重を思い切り乗せてのヘッドバット。ドラゴンの角は、この一撃で叩き折れ、落下して地面に突き刺さる。俺の額も多少割れたがこれくらいかすり傷だ。てきめんに勢いの無くなったドラゴンを、俺は再び頭上に抱え上げ、こんどは頭から目の前の地面に投げ落とす。奴の頭が地面に突き刺さり、逆立ちでジタバタしているところに俺は派手に飛び蹴りをかます。地面を抉りながら腹這いに倒れるドラゴン。馬乗りになって更に追撃の構えの俺、すると、ドラゴンが何やらガウガウと鳴き声を立て始める。威嚇の声では無さそうで、何か語りかけられている様にも感じる。
「もう暴れないから許してくれ…だそうでクエ。」
何処に潜んでいたのか割と近くに居たネビルブが通訳してくれる。
「お前、ドラゴン語が分かるのか?」
「言語を話す魔物の間ではドラゴン語は割とポピュラークエ。それはそうと、ドラゴンはもうすっかり戦意喪失した様でクエ。許してくれるなら、名前を告げてもいいと言っているクエ。」
「名前を?」
「ドラゴンにとって名前を告げるのは忠誠の証でクエ。」
「お…おう。まあ、大人しくこの地を離れると言うなら追いはしない。」
俺の言葉をネビルブが伝えると、ドラゴンも了承した様だ。俺が上から退くと、のっそりと起き上がったドラゴンは、「ジュウベイ」と告げると、俺に背を向けた。ジュウベイ…ってのがこいつの名前かな? えらく和風だな。
その時、ガクンッ、という感覚と共に、俺の体が縮み始める。この身体を維持する限界が来た様だ。時間にして10分にも満たなかったろう、さすがに巨大化は魔力の負担がでかくてもう魔力が空っぽだ。縮むといっても体がそのまま小さくなるのでは無く、質量として大きくなっていた分が剥がれて霧散していく感じで、元に戻ると元から着ていた服がそのままだ。まあ、ボロボロだけど。
ドラゴンの方はというと、背中の甲羅状の部分が割れ、そこから翼が現れる。鳥やコウモリよりも、カブトムシに近い、頑丈な体と対照的な繊細そうな羽だ。それをはためかして空に上がっていく。
「あいつ、飛べたんだな。」
「ドラゴンですクワらな。重さをコントロールする能力なんかも有るはずです。まあ、グランドドラゴンは飛ぶのは下手ですし、大人になったら飛べなくなりますグワな。」
「そうか、あいつは未だ子供だったんだよな…。」
そう話す間にも徐々に遠退いて行くドラゴンのジュウベイ。これでどうやらドラゴンの件は片付いたと言えるだろう。さて、後は…、
「ああ、アンジー!! 」
そう、そっちの方だ。学園の方を振り返る。すると空に上がって行くフレスベルグが見える。その足で掴み上げられているグイース、と、その腕の中のアンジー。隙を見て囲みを突破した様だ。さすがに魔結晶は諦めた様だが、飛び道具や魔法で攻撃されない様にアンジーは捕まえたままでいる。バルキリーが追い縋ってはいるが攻撃は出来ず、手をこまねいている状態。俺は敢えて森に潜みながらこれを追う。やがて一定の距離に達してしまったか、バルキリーが追跡を中断する。そこからしばらく更に距離を取って行くグイース。
「ちきしょう、もう全てが水の泡だ。これじゃ国へも帰れねえ。エボニアムが首を突っ込んで来るなんて想定外だ。あのクソ魔神がぁ!」
「…もう、いいでしょ、解放してよ…。」
「…そう…だな。放してやるよ。それ!」
「あ!」
何と! グイースが、用済みと見るや、空中でアンジーを放り出しやがった。あのヤロー!。
「きゃああああ…!」
地面に向かい、何百メートルも落下して行くアンジー。俺は速攻で森を飛び出し、全速力でアンジーに向かって飛ぶ。そして結構ギリギリで彼女を空中キャッチする事に成功!
「ボニーイイィッ!! 」
泣きながらひしっとしがみついて来るアンジー、可哀想に…。だが、はっと気付いた様に、
「あ…、エボニアム様…だっけ。」
と、俺の顔を見上げるアンジー。
「…そう…、だな。」
俺は肯定した。もう、覚悟はした事だ。アンジーも黙り込む。彼女とのランデブーを果たした勢いで上昇すると、すぐにグイースに追い付く。焦りと苛立ちの混じった表情で俺を睨むグイース。こいつ、どうしてくれよう…。
「私にやらせて!」
アンジーが突然そう俺に語り掛けた後で叫ぶ。
「シルフ、エア・ポケット!! 」
何か魔法攻撃をしようとしていたグイース、だがその呪文詠唱が突如掻き消される。口をパクパクさせ、何やら苦しそうにし始める。何が? と思ったが、グイースの傍らに一時的に置き去りにされていたシルフがおり、何か力を使っている。やがて顔を真っ赤にしてもがき苦しみ出したかと思うと…、
「あ!」
遂にフレスベルグの足が外れ、墜落して行くグイース。助けろ! とフレスベルグに命じようとしているが、声が出ていない。そしてそのまま、森に呑まれて行く。あ〜あ、今度はアンジーを抱えてるから、助けに行けなかったよ。ま、行く気も無かったけど。残されたフレスベルグがハッと何かから解放された様子を見せた後、飛び去って行く。逆にこっちへ飛んで来るシルフ。
「あれは一定範囲の空気を無くしてしまうシルフの魔法でクエな、激しく動けば簡単に範囲から出られるんで普通そこまで怖くは無い魔法なんですグワ、あの状況では必殺でしたな。」
「…仕返しよ、いい気味だわ。」
さすがに顔見知りを手に掛けて、陰鬱な表情のアンジー。
「大丈夫ぅ、アンジーぃ!」
シルフが合流し、学園に向かってUターンする空の一行
「あ〜あ、もう少し楽しい空の旅がしたかったのにな…。」
そう言えばそんな約束もしてたっけ。これで果たせた…のか? これでもう心残りは…、無いとはさすがに言えない…。少しスピードを下げて、不必要に高度を取ったりしながら学園に戻る。学園の火はどうにか鎮火されており、制御塔だけは焼け落ちてしまったが、それ以外の施設にそこまでの被害は無かった様だ。
「アンジー!」
俺が彼女を下ろすと、モイラと教諭が駆け寄って来て、抱き合って喜んでいる、良かった良かった…だけで済めばいいんだが、無理な相談だろう。
「ボニーが…、エ…エボニアム様が、助けてくれたんだ。」
アンジーの言葉に、教諭と女王の目が俺に向けられる。何とも微妙な表情。そしてモイラは…、もう、俺を見てはくれない。この時俺ははっきりと思い知った。やっぱり俺は、此処でも居場所を作れなかった様だ…。