兇行、切迫、そして決断
慌てて学園へと取って返す一同。とは言え行きと違い怪我人だらけで戦力は半減状態だ。俺とモイラ、マリーヴ教諭とバルキリーが最初に共同異空間制御塔の正面口に到着すると、明らかに何かが起きている。残して来た兵士達が物々しい雰囲気で塔の周りを取り囲み、逆に職員達は学生を塔から離れる様に誘導している。そしてアンジーの姿は見えない。
モイラが例の新米兵士を見つけ、尋ねる。
「何が有ったんですか?」
「大変なんです! 鳥の魔物を連れた学生が、女学生を人質に立て籠っているんです。マリーヴ教諭という方を連れて来いって騒いでいて…。」
やはり…と言うか人質⁈ まさか、アンジー?
「マリーヴは私です! 中はどういう状況ですか?」
「あ、貴方が! 今中ではその鳥を連れた学生…あまり若そうで無い男子学生が、此処にいた女学生を人質に捕まえて、魔法障壁を張って立て籠っています。魔結晶が設置されている動力室の扉を壊して開けようとしていましたが出来なかった様で、マリーヴさんを呼んて来て開けさせろと要求している様です。」
「あの扉は今魔法で封印して有るから、力づくでこじ開ける事は出来ないわ。念の為そうしておいて正解だったけど、まさかこんな破れかぶれとしか思えない強行手段に出るなんて…。」
教諭の声が震える。かなり退っ引きならない状況である事は分かった。そして今最も危険に晒されているはずの人質の事が気になって矢も盾もたまらず、慎重に塔に入って行く俺、モイラ、そして教諭。
そこには想像していた中の最悪の状況が現実として有った。塔内の空間の隅の方に魔法で障壁を作って立て籠り、数人の兵士達と睨み合っている魔族の男、フリオ等他の学生よりトウが立った、フレスベルグの主人、グイースである。そして彼に捕まり喉元に刃物を突きつけられ、やっと泣かずに耐えている様に見える人質の女学生、やはりアンジーであった。思わず息を飲むモイラ。向こうもこちらに気付いた様だ。途端、耐えていたものが決壊したか、アンジーの目から涙がボロボロと溢れ出す。俺は無性に腹が立って来る。しかし苛立ちは向こうも同様の様だ。
「あっ、モイラ! ちきしょう、お前とその魔神野郎が、俺の計画を片っ端から潰しやがった。終いには俺の虎の子のロック鳥まで殺しやがって、お陰で俺はもう後がなくなっちまったぜ!! 」
俺とモイラを見て突然毒づくグイース。そうか、やっぱりロック鳥はあそこで死んだんだ…。
「だからってこんな捨て鉢な事をしてどうしようって言うの? これじゃあ後どころか先だって無いわよ!」
「お前に何が分かる⁈ どっちみちここでの目的が果たせなけりゃ先どころか、帰るところだって無いんだよ!」
モイラの説得もグイースには全く響かない様だ。
「貴方の目的とは何なの?」
気付いたら到着していた女王が問い掛けながら入って来る。
「おや、女王様、お怪我をなさっている様じゃあないですか。ふふふ、フリオめ、単なる囮だったのに、中々どうしていい仕事をするじゃないか。ああ、俺の目的でしたかな。フリオと一緒ですよ、"おとり"ですな。この僻地の学園に少しでも多くの戦力を割いていただくのが目的です。こうしてこの国最大の戦力である女王様に来ていただいただけでも目的の何割かは果たした様なもんですが、更に怪我までしていただいたとは、目っけ物と言ったところですかな。」
女王相手に挑発的な態度のグイース、彼女の負傷に気を良くしたか、口が軽い。
「こんな怪我等…、今は魔力が枯渇しているが、回復すれば…、2〜3日で元通りよ!」
「つまり2〜3日はまともに戦えないと、充分なアドバンテージですな。今此処でドラゴンを解放すれば、2〜3日でこの国の半分程は壊滅させられますぜ。」
「共同異空間の主の事を言っているの? あんなのはただの噂ばな…」
「おおっと教諭、俺が確証も無く事を起こしたとお思いですか? ドラゴンの件は俺が学園に潜入する前から知っていた事です。どうやって知ったのかって? ドラゴンを召喚したご本人から伺ったんですよ。」
まるで自分に酔っているかの様に話すグイース。対して教諭と、女王の様子も何かおかしい、二人で複雑な顔で目を見合わせている。
「…貴方は、ビリジオンの工作員…で間違い無いのかしら?」
「…さすがにことここに及んでは、それを隠すのは無理でしょうな。」
肯定…という事か。やはり出て来たビリジオンの名。
「ここ最近ビリジオンが我が国の魔結晶の産地を侵略すべく準備をしているという情報があるわ。お前の工作はそれと連動しているという事か?」
「ほう、諜報戦に関しては我が国に一日の長が有ると思ってましたが、こちらが秘密裏に進めていた侵略準備に気付いていたとは、大したものですな。それで最も機動力の有る女王自身が最低限の供だけ連れて出張って来たと。しかし女王ご自身が怪我をしてしまったのでは余り意味は有りませんでしたな。」
更に勝ち誇るグイース。
「魔王四天王って、それぞれの国同士で武力衝突する程仲が悪いのか?」
「個人的な仲不仲迄は分かりませんグワ、領地同士の小競り合いはしょっちゅうですな。皆んな我が強いですし、特に国土が豊かでないビリジオンは、周辺国の条件のいい土地を常に狙ってちょっかいを掛けているクエ。」
俺とネビルブがヒソヒソとそんな話をしていると、アンジーの小さい悲鳴が聞こえ、ハッとなる。グイースがアンジーに更に刃物を近付けたのだ。
「さて、そろそろ本題ですよ。先程お話ししたドラゴンを召喚した張本人の事ですが、ドラゴンを此処にほったらかして行った事をえらく気にしてましてね、この際解放して好きな所へ行って貰おうじゃ無いかと思うんですよ。」
「彼がそんな事を望んでる訳が無いわ!」
マリーヴ教諭が強く反論する。教諭にしては珍しく感情的だ。…はて?
「おやおや、教諭の彼に対する評価は随分と高いんですな。こんな大問題を放置して他国に逃げてしまった男ですよ。」
「逃げた…というよりは、お前の国に拉致された…と見ているけどね。」
今度は女王が反論。
「拉致? 人聞きの悪い、ほぼ納得づくで来ていただいたんですよ。彼は我が国に大きな借りが有りますからね、彼の知識を供与していただく事で返して貰おうという事になったんですよ。ちなみに俺の召喚魔法もその一つですがね。」
「な、お前、コンロイの教え子って事?」
「な⁈」
「クワ⁈」
ここへ来ての女王の発言で、ドラゴン召喚の"彼"の名が"コンロイ"である事が分かったが、その瞬間モイラとネビルブが反応して声を上げる。モイラはともかくネビルブまで、実は有名人なのか?
「まあ、教える側より教えられる側の方が立場が上という特殊な師弟関係でしたがね。何なら俺の習得率が悪いと先生のコンロイ氏の方が罰を受けるという扱いでしたんで、恩師って感じじゃ無いかな。」
「コンロイは…、息災なの?」
「ははは、やはり国を裏切ったとは言え実の弟君の事、気になりますか? まあ、生きてはいますよ、幸福とは言え無いでしょうがね。」
女王の問い掛けに対するグイースの答えに衝撃を受ける。女王の弟って、王族って事じゃん! そりゃ隣の国のネビルブだって知っててもおかしく無い。だがグイースの次の言葉に俺は更に衝撃を受ける。
「そうそう、マリーヴ教諭にとっても彼は特別な存在だったはずですね。貴方にドラゴンの住処の維持を押し付ける結果になってしまった事を随分気に病んでいらっしゃった。本来国全体の事を第一に考えるべき立場でしょうに、困った方ですなぁ。」
特別な存在…というのが何を意味するか、先程から全然発言の無くなったマリーヴ教諭、今は涙の溜まった目を悔しそうに伏せている。やっぱ、そういう事だよなぁ…。
「グイース…、女の敵だわ…。」
既に二人の女性を泣かせているグイース、モイラも珍しく怒りを浮かべている。まあ、俺も正直キレかけてる。
「さあ、そろそろ行動して貰いましょうかね。さすがにこの体勢も疲れたし、障壁の張りっ放しもしんどい。ではマリーヴ教諭、動力室の扉に掛かっている封印の魔法を解いて貰いましょうか。」
「又、魔結晶を破壊する気なの?」
「前回それで失敗しましたんでね。今回は装置から外してそのまま持ち去ってしまおうと思っています。魔結晶も勿体無いですしね。封印さえ解いてくれればあとは我が下僕が作業しますよ。」
大人しくしていたせいで気にしていなかったが、魔結晶が設置されているはずの動力室の扉の前に、例の鳥、フレスベルグが待機している。
「そんな事をすれば、いきなりこの場に寝起きで不機嫌なドラゴンが出現する事になるわ。貴方だってただでは済まないわよ!」
普段の教諭からすれば声にやや剣があるマリーヴ教諭の返答。
「ご心配無く、逃げ足には自信が有ります。さあ、早く!」
グイースの声にも苛立ちが混じり始める。だがここに来て、大人達は決断が鈍い。
「すまないけど、今の私ではさすがにドラゴンの相手は出来ないわね。勿論連れて来た兵力では時間稼ぎにもならない。最悪学園は壊滅、近隣の町や村も幾つか消されるでしょうね。被害は計り知れない。」
「でも、教え子を見捨てる訳には…、ああでも…。」
「女王の私の立場で言わせて貰えば、それだけの被害と女生徒一人の身柄を秤にはかけられない…と言わざるを得ない。」
「貴方の立場は分かる。でもあの子を助けたい。でも…もっと大勢の生徒や、同僚も死ぬかも知れない…。」
「この学園の不始末が原因になってそんな大災害を引き起こしたら、学生や関係者はおろか、卒業生まで肩身の狭い思いをするでしょう。学園の責任者としてそれは何としても避けたいです。」
いつの間に居たのか学園長も話に加わっている。どうもグイースの要求は呑まない方向で話が進んでいる様だ。
「アンジーを見捨てるおつもりなんですか⁈ 」
俺も強く問いただしたかった事をモイラが代弁してくれた。しかしやはり大人達の反応はすこぶる悪い。
「彼女を助けたいのはやまやまですが、さすがにドラゴンを解放する訳には…。」
「ええ、代償が大き過ぎるわ。」
「そんな…。」
「わわわ…、わたし、そんナ大きな代償の、せ…責任は負いきレない。いいの、みみみ…見捨てて!」
ここでアンジーが声を上げる。
震えているし裏返っているし、喋る度に涙が溢れ、相当無理に強がっているのが丸分かりだ。
「おいおい、まさかお前らアンジーの事を見殺しにしようってんじゃねえだろうな!」
「それ程にあなたの要求が受け入れ難いの。お願 い、諦めて投降して!」
「ははは、教諭、今更投降したところでどうなるって? 女王に大怪我を負わせた上に、スパイ行為にテロ行為、死刑は確定だろうが!」
「お前が自国へ逃亡するのを見逃してやってもいい、ドラゴンは諦めて、女生徒も解放してやってくれないかしら!」
「そりゃ虫がいいぜ女王、だいたい今回の作戦を失敗させたら俺にはもう戻る場所なんて有りゃしない。ドラゴン解放を諦める選択肢は俺にはねえんだよ!」
「まずいですな、彼の様子に余裕が無くなって来ました。凶行に及ぶかも…。」
「そんな、何とかして、教諭、学園長、女王様!」
「そうか分かったぜ! お前等はこの子がどうなってもいいと考えるって事だな。なら今からこのままこの子を切り刻んで行ってやる、死ぬまでな!! 」
「そんな、やめて!」
「やめろ!」
「やめなさい!」
「俺の方が止める選択肢はねえんだよ! 後はそっちの気が変わるかどうかだ。方針が変わったら言ってくれ。さあ、まずは耳でも削ぎ落としてやろうかなァ!」
「きひいィッ!」
「アンジー!! 」
「やめてえェーッ!! 」
ズガーーーンッ!!!………
「ひゃあああっ!」
「な…何⁈ 」
「な、な、何だ、何をした!」
「ボ…ボニー⁈ 」
轟音を立てて動力室の扉が吹き飛んだ。まあ、やったのは俺だ。エボニアム・サンダーで扉を破壊したのだ。扉の封印は解かれていないが、扉そのものが無くなったのだからもう意味は無い。
「ボニー、なんて事を、気でも狂ったの⁈ 」
信じられないといった顔のマリーヴ教諭、他の者の表情も似たり寄ったりだ。グイースやアンジーさえ呆然としている。
「いつまでもごちゃごちゃと、鬱陶しいんだよ!」
もう結構キレてはいたんだが、その気持ちより更に敢えてドスを効かせた声で言い放つ。色々と腹も決めた。
「要は扉を開ければ気が済むんだろう、開けてやったぞ。」
「お…おう、助かるぜ。」
未だ少し間の抜けた顔のグイースに礼を言われたりする。お前の利になる様になどするものかい!
「駄目よ、ドラゴンが解放されたら、ここにいる誰も対処出来ないわ!」
「対処? 俺がしてやるよ。ていうかさせろよ、ドラゴンの相手!」
更に凄む俺を、女王が糾弾する。
「馬鹿を言いなさんな! ドラゴンの相手なんて、この私が万全な状態でもやっと互角ぐらい、魔神とは言え無名の、学生に召喚されている様な奴では歯が立つ筈も無い。駆け出し魔神のお試しで出現させて、やっぱり駄目でした後は宜しくとかされたらたまったものじゃ無いわ!! 」
その指摘に、腹を括った俺は答える。
「無名の、駆け出し魔神なら…な。だが、俺があんたと同じ魔王四天王の一人、エボニアムだったとしたら…どうだい?」