マリーヴ教諭と学園のそもそも話
結局風呂から戻って来たモイラはこてんと眠ってしまった。「ま、疲れてるわよね。」と、苦笑しながら自室へ戻って行くアンジー。俺も今夜は大人しく寝る事にした。共同異空間には今日も入りそびれたな。
翌日はやはり未だ召喚魔法学科の授業は再会出来無いので、急遽休日となる。何せこの騒ぎで召喚魔を失ってしまった者も多い状況なのだ。疲れが溜まっていたか、随分遅く起きたモイラ、朝食は摂り損ねてしまい、昼食が朝食となった。実際昨日は後始末に追われたり、眠れぬ夜を過ごしたりで、そういう者は多かった様だ。後始末は未だ残っており、俺達はそれを見に行ったり手伝ったり。
そして夕食時、モイラは晩餐会という名の報告会に招待された。その中で聞かされた情報として、やはりグイースは忽然と姿を消していた。寮の部屋も私物はほとんど無く、不測の事態で蒸発したとは考え難い。教え子が重要参考人確定で、マリーヴ教諭は鎮痛な面持ちだ。
護衛隊の救出部隊が出された事も聞けた。共々明日には学園に到着するそうだ。ほっとするモイラ。まあ、ロック鳥みたいな大物が出て来なければ着かないという事は無いだろう。
共同異空間制御塔は、装置は復活した様だが、出入り口が全て壊されてしまっているので、今は常時見張りを立てているという。
そんな報告を聞きながら食事を摂る。今更ながら、しれっとアンジーも同席していたりする。俺は今度は少し遠慮していただいているが、正直どれくらいが腹八分目なのかはよく分からない。「召喚魔ってのは召喚主の魔力を食らって生きているはずだが、あいつはメシまで食うのか?」何て陰口が聞こえて来たりする。召喚魔の癖に図々しいとか思ってるのか? まあ、ネビルブまで食べてるけど。
晩餐が終わっても、話し合いは暫く続いていたが、内容たるや、やれ責任の所在がどうとか、やれ初動の遅れがどうとか、正直俺から見ても有意義とは言い難い。最後の方はあまりの退屈さに食事に釣られて参加してしまった事を後悔していたアンジーであった。
そんなこんなが有り、部屋に戻った途端、モイラは慣れない事の連続が効いて即ダウン。会議の席では全く眠そうで無かったのは、真面目さのなせる技だったか。アンジーも寝に行ってしまい、またもや異空間デビューをし損ねた俺は一人残される。そこで、気になっていた図書室棟へと足を運んでみる事にした。まあ、女子寮内でうろつく訳にもいかないしな。
正直もう真っ暗だろうと覚悟して行ったのだが、先客がおり灯が点っていた。こんな夜中に誰だ?と思ったら、マリーヴ教諭だった。
「わ、驚いた! ボニーじゃない。どうしたのこんな時間に…って、人の事は言えないけど。」
「俺は睡眠を必要としない。だから主人が寝てしまうと手持ち無沙汰なのだ。」
「ああ成程、ていうか相変わらず出しっ放しなのね、あの子ったら、いくら魔力切れの心配がほぼ無くなったからって…。」
頭を抱える様子のマリーヴ教諭。ちょっと同情する。
「貴方こそ、未だお疲れだろうに。」
「変な時間に寝たからかな、体内時計が狂っちゃって。それに気になる事も有って調べ物をね。」
俺は無言で彼女の向かいに座り、話を聞きますの体制を取る。
「私は知っての通りエルフで、長寿なのは知ってるでしょ? 実はこの学園の設立当初から居て、共同異空間設備の構築にも最初から関わっているの。当時は未だ研究助手とかだったけど…。」
俺が黙って頷いていると、彼女は続けて話し出す。
「私の同僚にかなり能力の高い召喚術士が居たわ。だけどその人が召喚出来る、相性のいい種族というのが、竜族だったの。飛竜や恐竜みたいな亜竜じゃない、本当の、ドラゴンだったのよ。当然有能とは言え研究員レベルの彼に、ドラゴンの召喚なんて事実上不可能だった。召喚術学科の研究員でいながら召喚獣を持てていない事に彼は焦ったわ。丁度貴方が来てくれる前のモイラと同じ様にね。そしてやっぱり同じ事を考えたの。魔道具の力を借りて、魔力に下駄を履かせて、無理矢理儀式をしたわ。」
「それで、成功したのか、ドラゴンの召喚に…?」
短く相槌を打つ俺、教諭の話は続く。
「何度も失敗したわ。でも彼は諦めなかった。彼には有力な後ろ盾が有ったので、魔力底上げ用の魔道具としてちゃんとした魔結晶を用意出来た。でも失敗し続けた。その度用意される魔結晶は大きくなっていった。」
「魔結晶は、中々手に入らない物なんじゃ無いのか?」
「その通りよ。小さい物でもひと財産、今回貴方に運んで貰ったサイズなら国家予算レベルよ。モイラはその劣化版の代替品である魔力電池を利用していたけど、それでも家財道具まで売り払ってやっと買えた様ね。で、その彼はそんな貴重な魔道具を幾つも無駄にして、更に高額な魔結晶を求めて、さすがに実家でも援助し切れなくなって、彼は怪しげなルートからそれを手配する様になったわ。そしてある時遂に召喚に成功したの。」
俺は無言で頷いている。疑問も敢えて差し挟まず、彼女の言葉を待った。
「召喚出来たのは、親ドラゴンの庇護を離れて間も無い歳若いドラゴン、所謂ジュニアドラゴンだったわ。それも最も気性が穏やかとされるグランドドラゴンのジュニア。それがたまたま新天地を求めてこの森林地帯に来ていた。これ以上無いラッキーな偶然が幾つも積み重なって成功した召喚だったの。彼は狂喜したわ。最初の儀式から5年も費やしてた。その頃には学園はもう学生を受け入れていて、共同異空間の構築も済んでいたわ。」
「ドラゴンなぞ、出会うだけでもレアケースですクワらな。」
ネビルブである。こいつもいたっけ。
「5年越しの召喚成功に周囲も祝福した…、最初はね。でもすぐに事態の深刻さに皆が気付いて、戦慄が走ったわ。かなり無理して結んだ召喚契約は不安定で、まともに言う事を聞かせられない。しかもドラゴンを召喚獣として使役する魔力コストは驚く程高くて、地方予算レベルの高額な魔結晶が数日で消えてしまったわ。その結果実質的に召喚を続ける事は出来なくなった。何とか共同異空間に入れはしたけど、彼自前の魔力だけでは出して戻すだけでやっと。ドラゴンはそのまま入れっ放しにになってしまった。唯一幸いだったのは、グランドドラゴンというのが元々一つ所にじっとしている状態を好む性格で、共同異空間を居心地良く感じてくれていたらしい事。おかげでそこに居させている限り大人しくしてくれているわ。」
「そして未だに居るという事か…。その召喚した本人、研究員は蒸発したと言ったかな?」
俺の質問に、明らかに暗い顔になるマリーヴ教諭。
「今日はその辺りを調べに来たの。この頃彼がかなり切羽詰まった顔で奔走していたのは覚えてるわ。魔結晶を用意する時に使った"怪しげなルート"っていうのがまずい事になっているって言ってた。実際召喚には成功したものの、それによるメリットも実入りも全く期待出来ないとなった訳だから、何処かに借りを作っていたのなら、相当追い込まれた状況だったでしょうね。それから程なくして、彼の姿をプッツリと見掛けなくなったの。」
「…夜逃げ…か?」
「そう思われても仕方ない状況では有ったわね。でも…、彼の後ろ盾…というか彼自身の立場を考えると、逃げて終わり…という結末を選んだというのには違和感が有った。そしてその後時間が経つにつれ、裏で蠢く物の正体が見えて来たわ。知っての通り、魔結晶はここザキラムの特産品よ。そして最後に彼が儀式に使用した魔結晶が、元々隣国であるビリジオンの公的機関に卸したものだというのが分かったわ。そう、あの、謀略の国、ビリジオンにね。」
「魔王四天王の1人、諜報担当のガリーン様が実質的に治める国でクエ。」
ネビルブの解説が入る。
「そう、あの国が関わってる。彼はかの国に返し切れない借りを作ってしまった。彼の失踪にかの国が関わっている可能性は高いと思ってはいたわ。そして今回の件の首謀者…たぶんグイースなんでしょうね…、彼は恐らくドラゴンの件を最初から知っていた。その上でドラゴンの解放を狙って共同異空間の破壊を画策した。今回の一連の破壊工作は、そう考えれば全て繋がるわ。」
「…つまり、今回の件の黒幕は…」
「ええ、ビリジオン…の、ガリーン議長じゃないかと私は思ってる。そしてそこに恐らく、元研究員の彼の存在が関わっているんじゃなかろうかと考えるわ。」
どうやら教諭は今語った話の内容についての記録を調べる、と言うより確認をする為に当時の資料を紐解いている様だった。その"彼"について、そもそも教諭が詳し過ぎる気がしたし、何か未だ隠されている事がある様な気もするのだが、そこは深く突っ込まない事にした。
「このザキラムって、ビリジオンと仲が悪いのか?」
俺はそうネビルブに質問する。
「ザキラムが特にと言うよりは、ビリジオンがとにかく他の国とうまくやっていく気が無いクエ。この魔大陸には宗主国である魔王様の直轄領の他に、四天王それぞれが治める国が4つ有るでクエ。武王ジン・レオン様の治めるダイダンに、このザキラム、ガリーン様のビリジオン、そしてエボニアム国。この内最も武力が有るとされるのがダイダン、最も豊かで有るとされるのがザキラムでクエ。ビリジオンは国土こそ大きいものの、此処とは逆で瘴気が他よりも濃いせいで、土地が痩せていて作物はあまり育たず、住人はおしなべて不健康、これといった産業も無いし、いつも周りの国を羨んだり妬んだり、とにかく楽しそうで無い国クエ。」
「実際に他の国に直接ちょっかいを掛けていたりするのか?」
俺は重ねて質問。
「そこは"謀略の国"ですクワらな。基本的には証拠を残さない様に立ち回ってはおりますが、あの国が絡んでると噂される事件、事故、テロ行為は至る所で起きてるクエな。」
「…ちなみに、エボニアム国ってのはどんな国とされているのかな?」
他の3国の話を聞いて、つい気になって聞いてしまう俺。するとやや言いにくそうにネビルブが答える。
「…まあ、国としては最もショボい、と言われてますクワな。あそこはエボニアム将軍の存在が全てでして、国自体は規模、国力、体制、産業、どれを取っても誇れる点は無いでクエ。」
「エボニアム様は恐らく自分の国を大きくしようなんて思ってない、と言うより国なんてものに興味が無いんだと思うわ。あちこちで好き勝手暴れ回るから牽制にはなっているんでしょうけど、国の運営自体は完全に部下任せで、実質的に取り仕切っているのが副将軍のグレムリーさん? この人がいい加減で汚職まみれで酷い治世だって聞くわ。実は今回調べた中で、魔結晶がビリジオンとこのグレムリーさんとの間で受け渡されていた記録も有ったわね。」
そ…そうなのか⁈ 分かっていたとは言えやはり弱小だった我がエボニアム国、そこへ更にマリーヴ教諭から驚きの事実が知らされた。何とあのグレムリー、謀略の国ビリジオンと通じてやがった。顔にも声にも出さずに驚く俺。あと、まだ周辺国には伝わっていない様だがグレムリーは既にその地位に無い、と言うかこの世にいない。今は生真面目な元グレムリーの政敵、ジャコールが国家運営の任に就いている。ジャコールが他国からの擦り寄りを受け入れるとは考え難いので、逆に彼の運営を妨害して来るかも知れない。ビリジオンのガリーン、要注意だ。
この後、「話をして少し気持ちの整理が付いたわ」と言うと、さすがにお疲れの教諭は自室に帰って行き、残された俺は当初の予定通り色々と魔法書を読み漁って夜を過ごしたのだった。