大怪獣空中戦
昼の明るい時に見ると、ただの森としか思えなかった眼下の景色も、川や泉が有り、草原が有り、花畑等も有って、ほぼ一面鬱蒼とした暗い森林地帯だったエボニアム国の郊外の森とは全く様子が違っている。そう言えばこの魔大陸全体を覆っているとされる瘴気がここザキラムでは比較的薄いと聞いたが、その影響も有るのかも知れない。そもそも空の明るさからして違う。
「わはあ〜! 昨日も気持ち良かったけど、明るいと尚更だね。今日は2人きりじゃ無いけど…。」
今日もちょっとはしゃいでいるモイラ。
「昨日だって二人では無かったでクエ。」
そう抗議するネビルブは、今日は俺達の傍を自力で飛んでいる。実は護衛のペガサス騎士に合わせる為、俺はかなりスピードを抑えて飛んでいる。空力的には確かに荷物の分条件は悪くなったが、それでも全力で飛ぶとたちまち彼等を引き離してしまう為、大体6〜7割で飛んでいる。それでネビルブも自力で付いて来れるのだ。
だがお陰で安全性は駄々下がっている。高度も取れていないし、ちょっと性能の良い弓矢で有れば、狙えてしまうのではないかと思う。こんなスピードではいい的だろう。
そんな訳で、俺自身はかなり周囲に気を配りながらの空の旅である。実際飛行系の魔物との遭遇率は高く、護衛のペガサス騎士達が追い払ってはくれるものの、その都度更にスピードも落ちるので、こりゃあ今日中には着かないかも…と、気持ちばかりが焦る。
そんな状態で、それでも道中を半分位は来ただろうかという辺り、最初に俺がそれに気付いた。俺達の進行方向からこちらに向かって真っ直ぐに飛んで来る鳥らしき姿。やがて周りの者も気付くが、鳥型の魔物はこれまでも撃退して来たので"またか"程度の空気。しかし徐々にその空気が凍り付いていく。シルエットは確かに鳥、ただしでかい! 近付くにつれ、どんどんその巨大さが判明していく。
「ロック鳥…でクエ。ただのでかい鳥なんですグワ、とにかく怪獣並みにでかい。強さも怪獣並みクエ。」
「あれってでも、砂漠地帯に出る魔物よね?」
ネビルブの解説に、怯えながらも疑問を投げるモイラ。彼女が引っ掛かった不自然さの答えは多分一つ、こいつは"野良"じゃ無い。
そうこうする間に巨鳥、ロックは我々と接敵、ごく至近距離を掠め飛び、その衝撃波を我々に叩き込んで来る。この時点でこちらの体制はボロボロ、墜落した者まで出る始末だ。辛うじて持ち堪えたペガサス騎士が迎撃に転じるが、どう見ても翻弄されている。ほぼ有効打を与えられぬまま、ロックの強烈な反撃を喰らい、ひとたまりも無くまた墜落していく。
「あ〜、こりゃいけませんな。ペガサス騎士は空からの地上攻撃でこそ真価を発揮するんであって、空中戦は得意とは言えないクエ、ロック相手にこの戦力じゃ嬲り殺しクエ。」
傍観者然としたネビルブの解説の言葉である。モイラがたまらず悲鳴に近い声で俺に言う。
「ボニー、わたしはいいから、加勢してあげて。ロック鳥を撃退して!」
モイラの指示を得、俺は一番近くに居たペガサス騎士を捕まえてモイラを預けると、
「ご主人の事は任せたぞ、絶対に守ってくれよ!」
そう念を押した。そしてすぐ大暴れのロック鳥の方へ向かう。初めてのガチの空中戦だ。
ただ1つだけ不安が有った、昨日の昼以来何も口にしていないので、魔力が心許ないのだ。トカゲや犬との戦闘に始まり、夜通しの全力飛行の往路と、その間の戦闘、そして今ここ迄の復路。その間、何度か又モイラにこっそり魔力を分けたりもしている。ここからまだあと半分の距離を飛ばなくてはならない事を考えると、もう必殺技、エボニアム・サンダーは撃てないだろう。腕力とスピード、動体視力のみで戦うしか無い。
先ずは奴の目の前に躍り出て、注意を引く。ここまでやりたい放題だったロック鳥は、突然出て来た人間サイズの俺に全く警戒する事無く、無造作に攻撃を仕掛けて来る。嘴、嘴、爪、爪、爪、嘴、嘴、爪、大きさからは想像も出来ない俊敏な動きで放たれる連続攻撃、一発でも喰らえばただでは済むまい。しかし元々小さい的である俺に対する雑に狙った攻撃を、俺は全て避け切って見せた。
それに苛立ったか、ロックは大きく羽ばたいて暴風を巻き起こす。これはちょっとヤバかった。俺はひとたまりも無く吹き飛ばされ、墜落しない様にするのがやっと。ペガサス騎士などはこの煽りで何騎か墜落してしまった。俺は改めて奴に肉薄するが、同じ攻撃で直ぐまた吹き飛ばされる。そして今回は俺が体制を立て直す前に向こうが突進して来た。
鋭い嘴の突きに掠められながら、辛うじて直撃を避ける。俺はそのまま奴の嘴に取り付き、両の手でがっしりと抱え込み、ギリギリと締め上げる。それを嫌ったロック鳥が頭をブンブンと振り回し、俺を振り落とそうとする。が、そうはさせじと俺も更に嘴をガッチリと締め付けると、嘴がいよいよメリメリと音を立て始める。するとロック鳥は俺の体を足の爪でむんずと掴み、爪を食い込ませながら無理矢理引き剥がそうとしてくる。それはもう物凄い力で、体が引き千切られそうだ。
ここからは力比べ、と言うか意地の張り合いだ。奴の爪が食い込む、体中の骨が軋む、内臓が握り潰される。何か食べていたら胃の内容物をぶちまけていただろう。気が遠くなって来るが、それでも抱える手は緩めない。すると当々嘴からはピシイッ、ピシイッ、と、やばそうな音が鳴り始める…。そして遂に…。
バキイィンッ!
という破壊音と共に嘴が縦に割れ、根元近くからボッキリと折れて、俺に抱え込まれたまま奴の顔から泣き別れとなる。口元から赤黒い血を吹き出させながら苦痛に悶え狂うロック鳥。どさくさに奴の爪から逃れた俺は、腕の中に残った奴のでかい嘴の破片をブーメランよろしく両手で投げ付ける。するとそれは奴の翼の根元辺りに見事命中、深々と突き刺さった。致命傷は与えられ無かったものの、飛行を続けられなくなった奴は、きりもみしながら墜落していく。やがて轟音と土埃を撒き散らし、木々を薙ぎ倒し、その後は何の動きも見られなくなった。あの巨体でこの高さを落下して、ただでは済まなかったに違いない。
とりあえず戦闘には勝利したと言っていいだろう。しかしペガサス騎士達の被害は甚大だ。7騎いた内の4騎が墜落、内1人は命を落としているのが確認された、他の3騎は不明。墜落しなかった3人の内、1人は結構な怪我、1人は元々回復が担当の後衛の兵士、1人がモイラを託した若い騎士という、壊滅状態と言って良い。
「すまない、護衛対象の召喚魔の手を煩わせてしまった。人数は減ってしまったが、ここからはこの3人で何としても君達を守る。先を急ごう!」
護衛隊の隊長だったらしい怪我した騎士が、回復役の治療を受けながらそう提案して来る。
「え、でも…、落ちて行った他の騎士さん達も探さないと。隊長さんだってお怪我を…。」
当惑するモイラ。
「我々が最優先すべき目的は、貴女を無事に最速で目的地、パンプール魔法学園まで送り届ける事だ。脱落した者の捜索はその後で行う。」
「そんな…」
決然と宣言する隊長の言葉に、泣きそうな顔のモイラ。こんな所に怪我人(?)を一日以上も放置は、見捨てて行くのと同義だ。その責任を感じてしまっている様だ。
そんな悲壮感に満ちた空気を鼻息で吹き飛ばしたのは、やはりコイツで有った。
「クワ〜ックワックワッ…、たった今の戦いを思い出して見るクエ! お前さん達が居たところてどうだったというのクワ? ボニー様が参戦しなければひとたまりも無く全滅していただろうに。」
「ぬう…それは…、と言うか何だこのカラスは、失礼な奴め! これも貴女の召喚魔なのか?」
痛い所を突かれたか、憮然とした態度の隊長ではあるが…。
「こいつは俺の手下だ。こいつの失礼はいつもの事でな、その点は謝罪する。だが内容については俺も同意見だ。」
俺は敢えてネビルブの明け透けな物言いに全力で乗っかる事にして、更に告げる。
「言わせて貰うが、7人いたのがもう3人、1人は怪我人で1人は非戦闘員。最後の1人は未だ経験が浅いとお見受けする。何としても守ると言われて、当てに出来る状況には無いな。と、言うか…、はっきり言って俺だけ居れば充分だ!」
「い…や…、君の実力は認めざるを得ない。が、君の方も負傷しているでは無いか。我々だって盾役ぐらいには…。」
それでも任務に忠実たらんとする隊長だが、俺も引っ込まない。
「俺は怪我をしてもたちまち治るので問題無い。更に言わせて貰えば、俺だけならもっと安全な高度を取って飛べるし、スピードも今迄の倍は出せる。かえって安全なのだ。あんた達はここでしっかりと立て直してから学園まで来るといい。」
そこまで告げると、話は終わりとばかり、モイラを託していた若い騎士から引き取り、とっとと2人と1羽で出発してしまう。置き去りにされた格好の騎士達は、しかしそれ以上食い下がって来る事は無かった。
「どうかお気を付けてーっ!! 」
叫びながら手を振る隊長、だが程なく地上へ降下して行くのが見える。やっぱり無理してたんだなぁ。その様子をモイラも見ていた様だ。
「騎士さん達、1人でも多く学園まで辿り着いてくれればいいね、ね?」
「…どうかな。」
モイラの問い掛けに、ついつい興味の無い様な態度で応じてしまう俺。素直になるのが照れ臭くてつい悪ぶってしまう、中二病ならぬ高二病ってところか、だがモイラには通じなかった。
「ふふふ…、わたしがあの人達に犠牲になんてなって欲しく無いって思ってたのを汲み取ってくれたんでしょ? やっぱり優しいよね、ボニー。」
そう言って体を揺するモイラ。俺は彼女を後ろから抱きかかえている格好なので、モイラから俺の顔は見えないはず、それだけは本当に良かった!
「でも女王様ったら、そんなボニーをエボニアム様と間違えるなんて、いくら似てるからって言っても…ねぇ。」
そう言いながら又身体を震わすモイラ。
「ご主人はエボニアム…様の事を知っているのか?」
「もちろん会った事は無いけど、凄く怖くて近付けないくらいだって話は聞くよ。人を思いやったり誰かを助けたりなんて事全然無いって、ボニーとは真逆だよね。」
「オレもそんな印象でしたでクエなあ。」
急にネビルブが口を挟んで来る。そもそもコイツは一体どう思っているんだろう? 元のエボニアムとの面識は有るだろうに、さすがに性格が…と言うか"中身"が全く変わってしまった訳だが、何も疑問に感じないんだろうか。…いや、コイツに限っては、面白ければどうだっていいとか考えているに違い無いか。