女王ビオレッタ
「なぜお前が此処に居るの? エボニアム!! 」
鋭い声を浴びせながら、ズンズンとこちらに迫って来る、魔王四天王の一人にしてこの魔導国家ザキラムの元首、ビオレッタ! まずいまずい…、焦る俺。同じ魔王四天王、面識が無い訳がない。この場の全員の視線が俺に集まる。
「ちちち…違います女王陛下、これはわたしの召喚魔でボニーといいます。エボニアム様と同じ魔神族で、見た目もちょっと似ているらしいですけど、ま…全くの別人です!」
モイラが慌てて否定するが、女王を相手の反論に声が上ずっている。でも、向こうは顔見知りな訳だ、モイラが言い張るのはちょっと無理が有るだろう。…バレたな…、俺は九分九厘覚悟していた。だが、女王の反応は意外なものだった。
「確かに、姿形はエボニアムなのだけど、本質は別人だわ。雰囲気、仕草、眼の光、全てが違う。だけど…着ているものまであいつそっくりなのよねえ…。」
「リ…リスペクトです!」
俺は女王が抱いた違和感に乗っかった。
「う〜ん、声も似てる気がする、でもあいつはこんな言い方しないわよねえ…。え〜い、腑に落ちないけど、今はその件は棚上げよ。荷物を引き渡します。」
そう言うと、女王は"保管庫"の扉の前に立ち、はまった石に触れながら何かを唱え始めた。ふぃ〜〜。俺はこっそり胸を撫で下ろす、背中は滝汗だ。そんな俺をよそに、扉からはガチャリッと何かが外れる音がする。すぐに係員が何人かで扉に取り付き力一杯押すと、重い扉がゆっくりと左右に開いて行き、別の係員が先に中へ入って明かりを灯す。そして、女王がモイラを招きながら中へと入って行く。そこには新品で無傷の魔結晶が安置されていた。
係員達が手早く新品の魔結晶を"しょいこ"の様なものに収め、モイラにそれを背負わせようとしたが、モイラの希望により"だっこ"に切り替えられる。装着が完了したモイラはフォルムに無理の有るゆるキャラみたいな出立ちで、かなり動き辛そうだった。
そしてそのままバルコニーの様な場所に案内される。ここから直接出発という手筈なのだろう。すると丁度そこに翼の生えた馬に乗った騎士が数名、空から降り立って来る。
「すまないねぇ、空路の護衛となると、今すぐ出せるのはペガサス騎士一個小隊がやっとなんだよ。明らかに何らかの破壊工作が入っている事を考えると、心許ないかもねぇ。」
「いえ、有り難いです。」
「ま、確かに寂しい戦力でクエな。」
謝意を伝えるモイラの後ろでネビルブがこそっと茶々を入れる。こらこら、聞こえるだろっ。
「それでは女王様、色々と有難うございました。緊急を要する事態で有るので、早速出立したいと思います。ご無礼申し訳ございません。」
モイラの挨拶に、軽く手振りで答える女王ビオレッタ。ここまでモイラの大荷物を補助してくれていた係員が離れ、モイラが呪文を唱えて学園から借り受けて来た魔法道具、"浮遊のベルト"を起動させる。すると今まで重そうだった魔結晶入りのしょいこごと魔力に包まれたモイラが、ふわりと空へ浮き上がる。俺はそんな彼女を背中から抱きかかえ、翼を展開して空へ。ワンテンポ遅れてペガサス騎士達も空へ上がり、俺たちを囲む隊形を作って付いて来る。手を振っていたモイラだが、お忙しいのか女王は早々に中へ戻った様だ。程無く魔法局が、王城が、街が、遠く、小さくなって行った。