第一章8「優しさの方向性」
「ギレス先生ってぶっちゃけ、カウンセラーというより、非常勤の講師って感じよね」
エイミーにそんなことを言われてしまう。
「あはは、わっかるー! 先生がカウンセラーとして働いてるとこ、見たことないもんねー!」
レアンナにも、そんなことを言われてしまう。
「き、君たちな……」
休み時間になるなり、もはや当たり前のようにカウンセラー室へとやって来るエイミーとレアンナ。
彼女たちには、カウンセラー室以外の休憩場所は無いのか……。
そうツッコミを入れたくなるギレスだったが、さっきの弁当合戦で山ほど食べたせいで、少しでも体を動かすと、胃の中のものが逆流しそうになる。
すると、その様子を見ていたレアンナが――。
「先生、もしかして、太りました……?(笑)」
「だ、誰のせいだと思ってる……」
――殴りたい、あの笑顔!
苦笑混じりに失礼なことを言ってくるので、ツッコミを入れようとしたが、やはり噴火寸前の火山のような状態では無理だった。
すると、今度はエイミーが――。
「ギレス先生はガリガリだったから、体格直しにはちょうど良かったんじゃない? それに、太ってる方が豚みたいで可愛らしいわよ?」
「それ、褒めてないだろ……」
ギレスがそこまで言ったところで――。
「し、失礼します……!」
数回のノックとともに、カウンセラー室のドアが開いた。
エイミーやレアンナと違って、丁寧にもノックをしてくれたので、二人よりも性格が良い優秀な生徒なのだろう……と、思ったら、ちょうど二人と目が合った。
「ギレス先生……。さっき失礼なこと考えてたでしょ?」
「アタシたちのこと、ちょっと馬鹿にしてたよね……?」
――二人ともエスパーか何かか!?
「いや、ただノックしてくれるのは、ありがたいなって思っただけだよ。あは、あははは……」
そう口にすると、エイミーとレアンナの二人は、拗ねたように半眼になってしまう。
「あ、あの、ギレス先生……」
そんな茶番を繰り広げているうちに、横長の机を挟んで向かい側にある席に、一人の女子生徒が座った。
桃色の髪を腰まで伸ばし、黒いフリルの付いたカチューシャを着用した可愛い系の女子生徒で、何か深刻な悩みがあるのか、ずっと視線が床に向いている。
「え、えっと、どうしたのかな……?」
そう訊くと、その女子生徒は俯いたまま答える。
「じ、実は……。ギレス先生に、火属性魔法を見せてほしくて……」
「火属性魔法?」
さらに質問すると、魔法を見せてほしいという女子生徒は、恥ずかしそうに視線を彷徨わせた。
「その、お恥ずかしい話……。私、火属性魔法がすごく苦手で、火属性初級魔法の"ファイアーボール"ですら使えない状態なんです……。なので、ギレス先生なら優しくて、詳しく教えてくれそうなので、相談したんですが……」
「そ、そうか……。まあ、ファイアーボールくらいだったら、お安い御用だよ」
そう優しく告げると、相談してきた女子生徒が表情を明るくする。
「い、いいんですか……!?」
「ああ、いいよ」
「あ、ありがとうございます……!」
カウンセラーの仕事……というよりかは、魔術の講義みたいだけど、せっかく相談されたので、断るわけにはいかない。
すると――。
「ギレス先生……? 相手が可愛い女の子だからって、贔屓してますよね……?」
「ホントだぁ……。アタシたちには、そんな優しい態度を取らないのに。何か妬いちゃうなぁ……」
エイミーとレアンナの湿っぽい視線が飛んでくる。
「ひ、日頃の行いのせいだろ……」
そう言うと、二人とも更に不機嫌そうになる。
「この女たらし……」
「この甲斐性無し……」
「二人とも、面倒くさいな……!?」
流れるようなリズムで、ボロクソに言ってくるエイミーとレアンナ。
とりあえず、あの二人は無視して、今は仕事だ。相談してくれた女子生徒に、火属性魔法を教えてあげないと……。
「じゃ、じゃあ、火属性魔法を見せてあげるから、中庭に行こうか。……広いとこじゃないと、火事になりそうだしな」
「はい……! よろしくお願いします……!」
そう元気よく返事をしてくれる女子生徒。
そして――。
「「じー……」」
その背後では、エイミーとレアンナが、湿っぽい視線をずっとこちらに向けてくるのだった。
その視線を受けながら、ギレスは席を立った。
すると――。
「うっ……。しまった、さっきの食べ過ぎが……!?」
弁当合戦で食べすぎたことにより、ギレスのお腹は噴火寸前の火山のような状態だった。
そのことをすっかり忘れていたギレスは、席を立った瞬間に、強烈なお腹の圧迫感を感じたのだ。
「せ、先生!? 大丈夫ですか!?」
相談してきた女子生徒が、慌てた様子で心配してくる。
「だ、大丈夫だ……。それよりも、早く魔法を見せてあげないとな……」
「む、無理しないでくださいよ……! 魔法なら、また後で見せてくれていいですから……!」
「いや、こういうのは、早いとこ勉強するに限る……。い、行くぞ」
そう苦しそうに口にしてから、ギレスはお腹を押さえながらカウンセラー室を後にする。
「先生、大丈夫かな……」
相談してきた女子生徒はそう心配するが――。
「放っておきなさい。ああいう馬鹿は、一度痛い目を見ないと反省しないわ」
「ホント不器用だよね、ギレス先生って……。誰よりも優しいくせに、その方向性がちょっとズレてるんだよね……」
エイミーとレアンナに、またボロクソに言われてしまうのだった。