第一章7「乙女たちの弁当合戦」
「そうか……。ドミンケは……、彼は投獄処分なのじゃな……」
魔法学園の校長であるデクスターは、裁判官からその知らせを聞いて、心が引き裂かれるような気分になった。
「まあ、明らかな殺意をもって攻撃魔法を使用していますからね……。重罪に触れてしまうのも、当然の話です」
裁判官であるケインに淡々と告げられ、デクスターは、さらに心が痛くなるのだった。
「彼は優秀な生徒じゃった……。成績も魔法使いとしての才能も、恵まれた環境も併せ持っておったのに、なぜあんなことを……」
デクスターがそう口にすると、ケインは再び淡々と告げる――。
「彼、裁判中に、ずっと"カウンセラーの先生が許せない"とか譫言のように言ってました。……彼、そちらのカウンセラーの先生とは、仲が悪かったんです?」
「いや……。むしろ、お互い初対面に近い関係じゃった……」
「ということは、ドミンケ君の嫉妬、が原因で起こった事件で間違いないでしょうね……。そちらのカウンセラーの先生、何でも実戦経験のある数少ない魔法使い、とお聞きしていますから」
「そうじゃな……」
嫉妬とは、不幸の始まり……。
ドミンケは、魔法使いとしては優秀だったが、一人の人間としては、あまりにもネガティブな感情に弱すぎたのだ……。
その結果が、あんな大惨事を生んでしまったのか……。
「ひとまず、これで一件落着ですね。……願わくば、これで最後にしてほしいですね。子どもが起こす事件は、心に来るものがありますから……」
「そう、じゃな……」
デクスターは、呆然としたまま首を縦に振る。
しかし、デクスターの頭の中は、何か黒いモヤがかかったように、嫌な予感がしてならなかったのだ。
――――――
――突然ですが、僕、ギレス・カザールはカウンセラーの仕事を辞めたいでーす!
カウンセラー室で、いつものように生徒たちの悩みを聞いていたギレス。
そこまでは順調に事が進んで、ようやくこの仕事にも慣れてきた……と、思っていたら。
「先生……。ちゃんとお昼は食べないと駄目よ? そんなパン一枚だけでは、マトモに仕事なんてできないわよ? ……ほら、私のお弁当分けてあげるから、しっかり食べなさい」
「ギレスせーんせ♡ アタシ、今日は頑張ってお弁当を作ってきたんだよ! だから、一緒に食べようよー!」
もはや、常連客と言い切ってもいいほど、毎日の頻度でカウンセラー室に来るエイミーとレアンナ……。
せっかく午前の仕事が終わって、ゆっくりお昼を食べられる……と思ったら、二人による"お弁当合戦"が繰り広げられてしまう。
「あ、えっと……。僕は少食だから、これだけでいいんだよ……」
そう伝えるが、二人は全く納得していない様子だった。
「駄目よ! パン一枚だけでは、栄養バランスが悪いわ! 大人なんだから、そのあたりの自己管理くらいしっかりしなさいよ……」
「せんせー。せっかく女の子が頑張ってお弁当作ったのに、食べてあげないなんて一生モテないぞー?」
言われたい放題だな……。
とりあえず、ここは彼女たちに納得してもらう、という考えは捨てて、大人しく弁当を食べてあげようか……。多分、そっちの方が効率がいい……。
「わ、分かったから……! 君たちの弁当、ありがたくいただくよ……」
そう伝えると、二人は少しだけ表情を明るくした。
――な、何なんだよ、これ。
生徒に食生活を指摘されるなんて泣きたくなるが、女の子がせっかく頑張って作ってくれた弁当なのだ。……食べないわけにはいかない。
「じゃあ、"私"の弁当から食べなさい」
「いえいえ、ここは"アタシ"の弁当から食べてくださいよー、先生ー」
「……」
何だろう……。二人から、ものすごい圧を感じるのだが……。
そう思っている間にも、正面の横長テーブル越しにいるエイミーとレアンナが、少しずつ距離を詰めてくる。
「私の弁当の方が健康的で美味しいわよ……? ちゃんと、ギレス先生の不足しがちな"鉄分"と"ビタミンC"の量も計算してあるんだから、ね……?」
「それなら、アタシの弁当の方が健康的だよー……? 先生のために"隠し味"もちゃんと入れてあるんだから、アタシのから食べてよー」
二人とも、一歩も引かない……。
「な、なあ、君たち……。何か、弁当を食べさせるのに、マジになりすぎでは……?」
そう口にすると、二人ともムッとした表情になってしまう。
「だ、誰のせいだと思ってんのよ……!? この馬鹿……!」
「むー……。今のはマイナスだね。マイナス九十点!」
「な、何で二人ともここで怒るんだ……。というか、"マイナス九十点"って何だよ……!?」
そう訊くと、言い出しっぺのレアンナは拗ねた子どものように、プイッと顔を背けてしまう。
そして――。
「男としての魅力度だよ、ギレス先生!」
「は、はあ……」
どうやら、今の自分の魅力度は、彼女たちから見て"マイナス九十点"らしい……。
というか、そういうことはどうでもよくて、今はこの状況を何とかしないと。
そう思った瞬間――。
「ギレス先生! 一緒にお昼食べませんか!?」
「あー、アタシも先生と一緒にお昼食べるー!」
勢いよくカウンセラー室の扉が開き、そこから数十人の女子生徒が殺到してくる。
突然の来訪者たちに、ギレスを初め、その場にいたエイミーとレアンナまでもが、目を丸くしてしまう。
「……って、エイミーちゃんとレアンナちゃんもいるよ!?」
「しかも、二人とも、ギレス先生に弁当食べさせようとしてるし!?」
「私たちも負けてられませんね……! よーし……!」
彼女たちが来たことにより、一気に人口密度が高くなるカウンセラー室……。
「ま、待ってくれ、君たち……! ぼ、僕は少食なんだ! だから、全員の弁当は食べられないよ……!?」
そう慌てて口にしてから、席から立ち上がって逃げようとするが――。
「ギレス先生、逃がさないわよ!」
「せんせー! アタシも逃がしませんよ♡」
「ちょ、エイミーさんに、レアンナさん……!?」
いつの間にか、両隣に来ていたエイミーとレアンナに拘束され、それに続いて十重二十重の女子生徒たちに取り囲まれてしまう。
「ギレス先生! 私たちと一緒に、お昼食べてくれますよね……!?」
「わ、私、弁当だけでなく、ケーキも焼いてきたんです……! た、食べてくれますよね……?」
「は、はい……」
有無を言わさぬ女子生徒たちの圧力に、完全に屈してしまったギレスは、彼女たちと地獄のようなお昼を共にするのだった。
胃薬、後で買っておこう……。




