第一章6「小悪魔の宣戦布告」
――アタシが通うこの魔法学園には、すごいカウンセラーの先生がいる。
その人は面白くて、可愛くて、ちょっと頼りないけど、実戦経験のある、すごい魔法使い!
レアンナ・アクスフォードは、ウキウキした様子で、学園のカウンセラー室へと足を運んだ。
魔術の勉強で毎日が大変だけど、この部屋の前まで来ると、嫌なことを忘れることができる。
なので、レアンナにとって、このカウンセラー室へ向かうのは、毎日欠かせない日課になっていた。
「えへへ……。今日も先生にイタズラしちゃおっと……」
小悪魔っぽくクスクスと笑い、レアンナはカウンセラー室をノックも無しに開けた。
「やっほー、ギレス先生!」
「なっ、レアンナさんか……!? カウンセラー室へ入るときは、ノックをしろとあれほど……」
「いひひー。もうー、説教くさいのは無し! アタシとギレス先生の仲なんだしさ! ……って、あれ?」
カウンセラー室には、既に先客がいた。
「……あ、レアンナ。やっぱり来たのね」
「エイミーちゃん!?」
腰まで伸びた白い髪の女子生徒。……そう、レアンナの親友であるエイミーだ。
彼女は、ギレスが座る席の真横に立ち、彼を責めるようにジッと半眼を向けていた。
「ちょっとレアンナ、聞いてくれる……?」
「え、どうしたの?」
何やら二人の間でトラブルがあったのか、エイミーは少し真剣そうな顔をしている。
――あっ、もしかして、まさかのケンカ!?
そんな不穏な単語が思い浮かんだ瞬間――。
「先生ったら、カウンセラーの仕事を放って、さっきまで熟睡してたのよ……。どう思う、レアンナ?」
「へ……?」
――あれ、そんなに心配することではなかった?
レアンナが呆気にとられていると、彼女に散々言われたギレスが、猛抗議の姿勢を見せる。
「じゅ、熟睡なんて人聞きの悪い……! ぼ、僕は午後の仕事でも力尽きないように、体力を温存してただけだよ!」
ギレスは必死に抗議するが、エイミーは決して説教の手を緩めない。
「それでも、カウンセラー室で何時間も寝る必要はないでしょ? 朝行けば寝てるし、一時間目の授業が終わっても寝てるし……。ついでに、さっき私が来ても寝てたわよね?」
「あ、アンタは僕のお袋さんか!? な、何で僕の勤務態度を学園の生徒が管理するんだよ……?」
「私だって、注意したくて注意してるわけじゃないわよ……。大人なんだから、もっとしっかりしなさいよ、先生……」
二人のやり取りに、レアンナは思わずこう思う。
――これ、アタシの入る余地無いよね!?
それは色んな意味で二人の間に入る余地が無く、まず会話に入り込むタイミングすら掴めない有り様だ。
すると――。
「ほら、これ。仕方ないから先生に差し入れよ……」
「あ、えっと、こんなにいいのか?」
恥ずかしそうにエイミーが渡したのは、袋詰めのクッキーだった。
デフォルメ調の人の形をした可愛らしいデザインのクッキーが、袋の中に所狭しと詰められており、見た感じだと誰かの手作りのようだ。
まあ、その"誰か"は、すぐに察しがつくが……。
――うわぁ、あからさまだなー。
レアンナは、頬を赤く染めながら目線を泳がせるエイミーを見つめて、そう思ってしまう。
年頃の女の子が、自主的に異性にお菓子を渡すなんて、そんなのアレしかない……。
――先を越されちゃったな。
何だか、友達だけど、すごく悔しく思えてしまう……。
だから――。
「ギレスせんせー!」
「は、はい……?」
レアンナは、テーブルを挟んで座るギレスの席を回り込んで、彼の真横に立つ。
そして、少しずつギレスに寄り添い、彼の肩と自分の肩がくっつくくらいまで距離を詰めた。
「な、何……?」
急にレアンナが密着してきたことにより、ギレスは動揺を隠しきれていないみたいだ。
――ホント可愛い。
先生は、イジり甲斐があって、反応も面白いので、いくらでもイジワルしてしまいそうになる。
だから――。
「ギレス先生ー。相談があるんだけど、聞いてくれるかなー?」
「な、何だ……?」
白々しいにもほどがあると、自分でも思ってしまう。
でも、エイミーちゃんがあんなことするなら、こっちだって――。
「実はアタシ……。好きな人がいるんだよねー……」
そう告げると、早くもエイミーがこちらの意図を察したみたいで、目を見開いた。
しかし、レアンナはそれでも続ける。
「そ、そうか……。まあ、レアンナさんも年頃の女の子だもんな……。恋の悩みくらい普通か……」
「そうなんだよねー。でさ……。もし、アタシに告白されたら、ギレス先生ならどう思うのかなって」
「え、ええ!? れ、れれ、レアンナさんに告白されたら……!?」
ギレスは、これ以上ないくらいに動揺している。
ヤバい……。めっちゃ可愛い……!
「そうそう。もし、アタシに告白されたら、男の人ならどう思うのか、ギレス先生の感想を参考にしたいんだよねー」
「そ、そうか……。あくまでも、参考にするんだな……」
少し残念そうな顔をするギレス。
面白いくらいの動揺を見せる彼に、レアンナは笑いをこらえるので必死だ。
すると――。
「先生に恋愛の相談は、参考にならないわよ……」
「なっ、失礼な……!」
明らかに不機嫌そうな声で、エイミーがそう告げた。
――分かりやすいな、エイミーちゃんも。
二人とも嘘をつくのが苦手な性格をしているので、さっきから動揺が伝わりっぱなしだ。
なので――。
「むしろ、ギレス先生じゃないと、この恋の悩みは解決できないっていうか……。ギレス先生も、もしアタシに告白されたら、恋愛経験として結構役に立つと思うんですよねぇ」
すごく白々しく言うと、ギレスは反応に困ったのか顔を真っ赤にしてしまう。
「あ、えっと、そうだな……。まあ、僕のことが好きな女の子なんて、多分いないだろうけどね。あはははは……」
笑って誤魔化すギレスだが、内心では泣きそうになるのをこらえているだろう。
だから――。
「……意外と身近にいるかもしれないよ? 先生のことが好きな女の子」
「え……」
さすがに鈍感なギレス先生でも、これだけ言えば気づくだろう。
レアンナは、さっきから黙ったままのエイミーに目を向ける。
すると――。
「レアンナ……」
「エイミーちゃん……」
二人の視線がぶつかり、お互いにニヤリと笑う。
言葉にしなくても、こちらが伝えたいことは彼女なら分かっているはずだ。
――これが、アタシの宣戦布告だよ。
レアンナにとって、人生の目標は魔法を極めて魔法界の発展に貢献することだった。
しかし、魔法を極めるよりも先に、成し遂げなければいけない目標ができてしまったのだった。




