第一章3「内緒にしていたこと」
二人きりで話がある……と、白い髪の女子生徒についていくと、学園の中庭に到達した。
「え、えっと……。ここまで僕を連れてきて、何か用かな……?」
そう訊くと、白い髪の女子生徒は――。
「その自信のない話し方やめてください……。気持ち悪いですよ……?」
「え、ええ……!?」
いきなり、心にグサッとくるようなことを言われる。
――うわぁ、僕の苦手なタイプの人だ。
内心、ギレスは早く帰りたいと思ってしまった。
すると、そのことに狼狽えるギレスを見かねてか、白い髪の女子生徒は大きくため息をついた。
「ギレス先生……。あなたは実戦経験のある実力者なんですよね?」
「一応は……」
そう答えると、さらに困惑する白い髪の女子生徒。
「だったら、もっと堂々としないとナメられますよ?」
「も、申し訳ない……」
――確かに、彼女の言うことは一理ある。
前の職場も、その前の職場も、自分に自信が無いから周囲にナメてかかられて、結局は環境に馴染めずに終わってしまったのだ。
しかし、だからといって、今すぐ堂々とする……というのも、ギレスにとっては無理な話だった。
「……まあ、雑談はここで終わりにして、本題に入りましょうか」
白い髪の女子生徒は、こちらを見据えて切り出してくる。
「本題……?」
「そう、本題です。単刀直入に訊きますが――」
何だか神妙な顔つきで、話を続けてくる白い髪の女子生徒。
「どこで、あの"パラドクス"を習得したんですか……?」
「……」
あまりもの真剣な表情に、思わず息を呑んでしまうギレス。
「あんな魔法、並の魔法使いでは習得できません……。しかし、それにもかかわらず、ギレス先生は普通に使えたどころか、無詠唱で使ってもみせました。……それが何を意味するのか、分かりますよね?」
「そ、そうだな……」
確かに、この女子生徒の言う通り、あんなことをしておいて「ただのコミュ障です!」なんて言い訳は通用しないだろう。
なら、もう正直に答えるか――。
「じ、実は僕……」
「実は……?」
白い髪の女子生徒は、話の続きをじっと待っている。
この際だから、ずっと周りに隠していたことを話さないと……。この女子生徒は、納得してくれなさそうだった。
だから――。
「実は僕――ヒキニートだったんだ」
「うん、うん。…………はあ?」
白い髪の女子生徒は、時間差で小首を傾げてしまう。
やっぱりだ……! こんな空気になるから、この話はしたくなかったんだよ……!
しかし、もう口は止まらない。一度話してしまえば、続きを話してしまうもので――。
「だから、僕はこの数年間、仕事を転々としてきたって言ってたけど、実はそれは嘘で、デクスター校長の息子さんの家で、ずっとヒキニートしてました……! でも、その息子さんに、ついにブチギレられて、この学園の教師として働くことを強制されたんだよ……! それからそれから――」
「も、もういいから……! 話を整理させて……」
ギレスの言葉の羅列に、さすがの女子生徒も理解が追いつかなかったみたいで、頭を抱えてしまう。
そう……。ヒキニートだとバレたくなくて、ちょっとカッコつけて「仕事を転々としてました!」なんて嘘をついていたが、ついにその化けの皮が剥がれてしまった……。
――ああ、もう僕は駄目だ。この先、一体誰のスネを齧ればいいんだ!
そんな生産性が皆無なことを思っていると、不意に白い髪の女子生徒が――。
「……では、実戦経験がある、というのも"嘘"なんですか?」
鋭いところを指摘され、ギレスは言葉に詰まってしまう――。
「……わ、悪いけど、それは話せない」
長い沈黙の後、ギレスがそう答えると、白い髪の女子生徒はついに諦めたのか、大きくため息をついた。
「仕方がないですね……。では"パラドクス"については、また後日お訊きします……」
白い髪の女子生徒はそう言い残すと、今度こそ、この場を立ち去ってしまう。
「な、何だったんだ……?」
彼女の小さくなっていく背中を見つめながら、ギレスは呆然としてしまう。
――何だか"パラドクス"に、並々ならぬ執着があるみたいだが。
そう思った矢先――。
「……!?」
不意を突くように、何者かの殺気を感じた。
そして、それを察知すると同時に、ギレスは大きくその身を翻す――。
――こ、これは!?
その瞬間、爆発音が背後で轟き、さっきまでギレスが立っていた場所を見ると――小さなクレーターができていた。
学園内に聞き慣れない爆発音が鳴り響いたことにより、中庭は騒ぎを聞きつけた生徒たちで騒然となる。
「あの感じ……。誰かが魔法を使ったようだけど、一体誰が……!?」
ギレスは、慣れた感覚で周囲の状況を冷静に分析する。
すると――。
「悪い悪い。魔法の練習をしていたら、手が滑っちまったよ」
全く悪びれる様子のない男子生徒が、中庭の陰から姿を現した。
その完全にナメた態度に、ギレスはイラッとしてしまう。
恐らく、彼が犯人だろう……。
「あ、危ないじゃないか……! あともう少しで、大惨事だったよ……!」
ギレスがそう注意するが、その男子生徒は反省するどころか、むしろ、こちらにニヤニヤしながら近づいてくる。
「なあ、ギレス先生やぁ……。これから俺と勝負してくれないかぁ?」
「は、はあ!? しょ、勝負だと……!?」
いきなりそんな決闘を申し込まれても、こちらとしてはすごく困る……。
「そう、勝負。……実戦経験のある先生なら、行き受けてくれんだろ? お得意の魔法で、俺をもっと鍛えてくれよ?」
そうは言われたが、さすがに……。
すると――。
「駄目よ、ドミンケ君……! 戦闘用の魔法を校内で使うことは、校則で禁止されているのよ! もし、違反したら……」
さっきの白い髪の女子生徒が、慌てて駆けつけてくれて、ギレスの言葉を代弁してくれた。
しかし、それでも、ドミンケと呼ばれた男子生徒は手を緩めようとはしない。
「はあ? アンタには関係無いだろ……? 俺は、あのギレスとかいう、調子に乗ったカウンセラーもどきが、どうしても気に入らねぇんだよ……!」
誰かに敵意や殺意を向けられることは慣れているが、相手が生徒だと、かなりやりづらい……。
そう思っていると――。
「へへ、隙ありだな……!」
背後から、もう一人、男の声がした。
その声のした方へ顔を向けると、そこには――。
「エアブレード……!?」
風属性魔法の一つである、風を刃として実体化させる攻撃魔法――"エアブレード"と呼ばれる魔法が、こちらに一直線に向かっていた。
どうやら、術者である男子生徒は、あのドミンケという男子生徒とグルらしく、こちらの不意を突くために、背後から攻撃したようだ。
――なんて卑怯な! そこまでして、僕を殺したいのか!?
そう思った矢先――。
「先生、危ない……!」
「えっ――」
誰かに突き飛ばされたその直後、一瞬にして、目の前に鮮血が舞った……。
――ああ、なんてことだ!!
何が起こったのかは、"あの頃から"戦場にいたギレスには、すぐに理解できた。
「ううっ……!!」
倒れた体をすぐに起こし、その悲痛な声がした方を見ると、そこには――。
「お、おい……! しっかりしろ……! クソッ……!!」
右足の脛の部分から、夥しい量の血を流す白い髪の女子生徒が……。
時間にして一瞬の出来事だったが、中庭がパニックとなり、場は混沌を極めた。
「あのクソ女……! いっつも俺の邪魔ばかりしやがって……!!」
「お、おい、ドミンケ……! は、早く逃げようぜ……!」
ドミンケという男子生徒とその友達は、これだけのことをしでかしておいて、全く反省する気配が無かった。
それを目にした瞬間、ギレスの心に忘れかけていた感情が復活した。