第一章2「人口密度の高いカウンセラー室」
今日も退屈な授業が終わり、ドミンケ・ルーセは大きなアクビをする。
「今日も退屈だったよなー、授業。あの教授、教えるのがヘタクソなんだよ。ドミンケもそう思うだろ?」
男友達の言葉に、ドミンケは伸びをしながら頷いた。
「俺もそう思うよ。……つーか、何で俺らが魔法の基礎なんか、ダラダラ勉強しなきゃいけねーんだよ。もうとっくに知ってるっつーの」
気だるげにドミンケは愚痴を零す。
すると、何がおかしいのか、男友達は大笑い。
「ははははは!! そりゃそうだな! だって、俺ら魔法の英才教育受けてるから、授業なんて受けなくていいよな?」
「ホントそうだよ……」
ドミンケはそこまで言うと、また大きなアクビをした。
すると、そこで――。
「……そういえばさ、聞いたか、ドミンケ?」
「主語を付けろ、何か分からん……」
そう言うと、男友達は改めて続ける。
「この学園に新しいカウンセラーの先生が来たらしいぜ? 確か、名前は……」
「ギレス・カザールだろ? その話なら、耳が腐るほど聞いてる」
アイツの名前を聞くたびに、不愉快な気分になる……。
「そうそう、ギレス! アイツ、学園に来てからめっちゃ人気だし、何か女子にモテモテらしいぜ?」
「ホントうぜえよな……。アイツが来てから、この学園はアイツの話で持ち切りだ……」
ドミンケが苛立ちながら口にすると、男友達が軽く肩を叩いてくる。
「まあ、そう嫉妬しなさんな……」
「嫉妬じゃねえよ……! 俺、ああいう調子に乗ってるやつを見てると、潰したくなるんだよ!」
――俺の方が優秀なのに。
ドミンケの心に、黒いモヤのような感情が湧き上がる。
すると――。
「じゃあ、そんなに言うならさ。俺らで潰しちゃう? あのギレスとかいうやつ……。正直、俺もウザいって思ってたんだよな」
そんな悪魔の囁きが、男友達の口から飛び出してくる。
その誘惑に、ドミンケは――。
「お前、たまには良いこと言うじゃねえか……。その話、乗ってやるよ」
ニヤリと笑って、その悪魔の誘いに乗った。
「女子たちの前で、大恥をかかせてやろうぜ、なあ、ドミンケ?」
「そうだな――」
ドミンケは、そこまで言うと――。
「見てろよ、ギレス……。俺の方が優秀だということ、思い知らせてやる……」
黒い感情に包まれたドミンケの嘲笑が、教室に木霊した。
――――――
――僕は今、ピンチの中にいる。
ギレス・カザールは、自分に与えられたカウンセラー室を見回して、大きなため息をついた。
――とんでもなく人口密度が高い、カウンセラー室で。
カウンセラー室自体はそんなに広いものではなかったが、そのせいで、数十人の生徒が入れば、忽ち密度が高くなってしまう。
中には、ソファーにくつろいでオヤツを食べて談笑している女子生徒のグループまでいた……。
「お、おい……。そ、そこの女子生徒たち……。ここはカウンセラー室だぞ――」
ギレスが頼りない声でそう注意するが、こちらが言い終わる前に、周りに集まった女子生徒のうちの一人が、教科書を見せてくる。
「せ、先生……! この教科書に書いてある"ウィンドバリア"っていう魔法……。先生なら無詠唱化できますか……!?」
そう訊いてきたのは、短めの黒い髪で、メガネをかけている真面目そうな女子生徒だった。
「あ、ええっと、それはだな……。そもそも、魔法の詠唱というのは、魔法のイメージを頭に具現化する工程のことで、使いたい魔法のイメージが、完璧に頭の中でイメージできるなら、魔力を込めるだけで魔法を使えるようになるんだ。……それを俗に"無詠唱化"と呼ぶんだ」
しまった……。つい長く説明しすぎた……。これでは、魔法オタクの変なやつだと思われてしまう……。
これも職業病と呼ぶべきか、魔法について訊かれると、つい詳しく説明してしまう。
しかし、ギレスの心配とは裏腹に――。
「す、すごい……! 先生の説明、分かりやすくてタメになります……! 今度、先生に言われた通り、頭の中で魔法のイメージをしてみます……!」
メガネをかけた女子生徒は、ギレスの説明を聞いて目を爛々と輝かせるのだった。
「えっ……? あ、えっと、そ、そうか……。それなら、良かったよ、あはははは……」
人と会話することに慣れていないので、とんでもなくぎこちない返しになってしまう。
すると、今度は別の女子生徒が――。
「先生って、彼女とかいるんですか……!?」
「え……」
そんな男にとっての禁断の質問をしてきたのは、金髪のセミロングヘアーをした可愛らしい女子生徒だった。
すると、その質問を聞きつけた生徒たちにより、カウンセラー室が、さらに騒がしくなる。
「それ、いきなり訊いちゃうの……!?」
「アタシ、それすっごく気になってた!」
「いや、いくらなんでも、あの先生なんだから、彼女くらいいるでしょ!」
口々に憶測や期待を込められ、主に女子生徒たちからの視線が、こちらに一点集中する。
「あ、えっと……。その……」
こういう空気は、昔から大の苦手だ……。
しかし、そうは思っても、生徒たちは手を緩めてはくれない。
女子生徒たちの好奇の視線に晒される中、ギレスは震える口元で答える――。
「な、情けない話……。今まで、そういう経験はしてこなかったんだ……」
情けない声音で告げると、再びカウンセラー室が騒然となった。
「ええー!? 先生って、童貞だったんですかー!?」
「なっ……! そ、そそ、それは……」
子どもというのは残酷だ。
オブラートに包まれることなく、ド直球で女性経験が無いことを言われ、ギレスは狼狽えることしかできない。
「ということは、アタシたち、チャンスなんじゃない……!?」
「先生の、最初で最後の彼女になれるチャンス……!」
女子生徒たちの熱い視線が、さらに濃くなる。
「ま、待って……! ぼ、僕は君たちとは付き合えないし、第一、そんなことしたら犯罪――」
「失礼します」
狼狽えるギレスの言葉を遮るように、カウンセラー室のドアが開いた。
すると、そこから姿を現したのは、ギレスが中庭で披露した"パラドクス"について詳しそうだった、あの白い髪の女子生徒だった。
「あ、えっと、僕に何か……?」
そう訊くと、その白い髪の少女は――。
「ギレス先生。少し二人だけでお話したいことがあります。……来ていただけませんか?」
淡々とそう告げられ、ギレスは生徒たちからの視線を集めたまま、カウンセラー室を後にした。




