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第一章1「存在しないのに、存在する魔法」

 ヤバい……。めっちゃ見られてるよ……。


 広大な敷地を有する学園の中庭に集まったギャラリーたち……。

 そして、そのギャラリーの輪の中に、一人だけ完全に浮いてしまっている存在がいる……。


 それが、僕――ギレス・カザールだ。


 中庭は、ギレスの魔法を一目見ようと、学園の生徒たちはもちろん、授業中だった教師までもが、授業を中止してギャラリーに混ざるほどだった。


「先生! どんな魔法が使えるんですか!?」


 ギャラリーの中の生徒から、質問が飛んでくる。


「あ、えっと……。ぼ、ぼぼ、僕は、大した魔法は使えないよ、あははは……」


 引きつった笑顔で、ぎこちなく返すギレス。


 ――しまった! こんなコミュ障みたいな返し方したら、絶対に引かれてしまう!


 ギレスは深く後悔した。

 人間、第一印象が大事なのに、こんなことでは。

 と、思っていたら――。


「謙虚なところ、か、カッコいい……!」

「さすがは、先生……! まとってるオーラが違う……!」

「これは、きっとすごい魔法を見せてくれるに違いないぞ……!」


 なぜかギャラリーたちが、予想を裏切るかのように歓喜の声に包まれるのだった。


 ――待ってくれ! なぜアレで謙虚ってことになるんだよ!? というか、ハードル上げないでくれ!


 ギレスの帰りたい想いに反するかのように、場が大盛りあがりを見せる。

 すると、生徒の一人が――。


「先生! 先生の思う一番すごい魔法を見せてください!」

「え、ええ……!?」


 ヤバい……。どんどんハードルが勝手に上げられていく……。


「馬鹿! そんなことお願いしたら、この学園崩壊するだろ!」

「そうよ! 爆発系の魔法だったら、どうするのよ!」


 ギレスが狼狽うろたえる間にも、ギャラリーたちの盛り上がりは留まることを知らず……。

 ついには、本学園での校長であるデクスターまでもが、ギャラリーに混ざってしまう。


「ギレスよ。……これまでの数々の実戦で、君は何を見てきたのじゃ?」

「で、デクスター校長……」


 毅然きぜんとした態度で、デクスターにそう言われる。


「そのときのことを思い出すのじゃ。……修羅場を乗り越えてきた君なら、今の状況くらい、どうってことないじゃろう?」

「た、確かに……」


 デクスターにそう言われ、戦場にいた頃のことを一瞬だけ思い出してしまう。


 ――生きるか死ぬか。


 あの頃は、やらなければ自分が殺されてしまう……。そんな気の抜けない殺伐とした世界だった。

 毎日耳にするのは、誰かの訃報ふほう……。昨日話していたやつが、今日は死んでいた、なんてことは日常の一部だった。


 だが、それに比べて今はどうだろう……。


 生徒たちの羨望の眼差し……。教師たちの期待の表情……。こんな平和な光景、戦場にいた頃は見れなかったじゃないか……。


「わ、分かったよ……!」


 そうだよ……。こんな茶番、あの頃に比べたら、全然マシじゃないか……。

 意を決してギレスが宣言すると、ギャラリーがさらに盛り上がる。


「よし……!」


 さすがに、爆発系の魔法は被害を及ぼす可能性が高いので、それ以外のにしよう。

 ならば、あれしかない――。


「はあっ……!」


 ギレスは威勢よく声を上げ、右手をかざした。

 そして、かざした右手に魔力を集中させると、右手の先に、火の玉が出現した――。


「え、先生……。今、無詠唱で魔法を使わなかった……!?」

「ホントだ……! さっき詠唱してなかったよね……!?」

「ここの教師でも、魔法の無詠唱化はできないのに……。すげえ……!」


 案の定、無詠唱で魔法を使ったことにより、この場が驚愕きょうがくに包まれる。

 だが、それだけでは終わらない――。


「あれって、火属性初級魔法の"ファイアーボール"だよね……? やっぱり、いくら熟練者でも無詠唱化は初級魔法が限界か……」


 ファイアーボールは魔法の初心者が最初に学ぶ初歩中の初歩といった魔法だ。

 なので、そんな魔法を出現させて少し落胆したような反応を見せる生徒もいるが――。


「待って……!? あれって、まさか……!」


 ギャラリーの一人が、ギレスが使った魔法の正体に気がついたようだった。

 すると、時間差で周りのギャラリーたちも、それに気がついていく――。


うそでしょ……。あれ、ファイアーボールなのに、水属性初級魔法の"ウォーターボール"が混ざってるんだけど……」


 そう。あの生徒の言う通り、ギレスが出現させたのは、ただのファイアーボールではなかった。

 半分が火の玉で、半分が水の玉……。火と水はお互いに共存できない関係……。

 つまり、この世には存在しないはずの、火属性と水属性の混合魔法を使ったのだ。

 その事実にこの場が騒然となり、中には感極まって涙を流す教師もいるくらいだった。

 すると――。


「あれって……。"パラドクス"っていう魔法だよね……」


 ギャラリーの中に、一人の女子生徒がいた。

 腰まで伸びた、美しいシルクのような髪を風になびかせる女子生徒。

 その女子生徒が、ギレスの使った魔法の正体について知っているようだった――。


「パラドクス……。火属性と水属性の本来なら相容れない属性を混合させた、奇跡の魔法……。本来なら、そんな魔法なんて理論上は存在しないのに、存在している……。だから、パラドクス……」


 白い髪の女子生徒は、ギレスの使った魔法についての知悉ちしつを見せると、こちらに顔を向けた。


「……何者なの、あの人?」


 そして、ギレスのことを怪訝けげんそうな表情で見つめてくるのだった。

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