第一章16「変なお父さん」
「ここが私の家よ。……ちょっと散らかってると思うけど、ゆっくりくつろいでね」
雑談を交えながら数分間歩き、ついに、エイミーの家へと到着したギレス。
彼女の家は、手入れが行き届いた緑豊かな庭に囲まれており、とても散らかっているとは思えない。
「エイミーちゃんの家に来るの、久しぶりだなー! お父さん、元気にしてる!?」
「そ、そうね。相変わらずよ……」
どうやら、エイミーの親とレアンナは旧知の仲らしい。
しかし、レアンナに父親のことを訊かれると、エイミーは少し恥ずかしそうな顔をするのだった……。
――どんな父親なんだろう?
成績優秀なエイミーのことだから、きっと真面目で、恰幅が良くて、貫禄のあるお父さんなのだろう……。
そう思うと、さらに緊張感が増すのだった。
「お、お邪魔します……」
息を呑み、彼女の家へと足を踏み入れる。
すると――。
「おっかえりー! 私の可愛いエイミーよー!!」
入ってすぐのタイミングで、奥にある階段の上から、変な男の声が響いてきた。
その声を聞いた瞬間、エイミーは頭を抱えてしまう。
「ああ、もう……」
エイミーはそう嘆く。
「えっと……。もしかして、さっきの声はエイミーさんのお父さん――」
ギレスが言い終わる前に、階段の上からドタドタドタという豪快な足音を鳴らして、その声の主が姿を現す。
「むっ……!? 何か男の声がしたぞ……と思ったら、うおおおおおおおお!!」
現れたのは、少し小太りの中年男性……。
短パンに白い半袖のシャツという完全に季節外れな服装に、長く伸びたヒゲは、なぜかカールを描いている。
そんなエイミーの父親らしき男は、こちらの姿が目に入るなり、天を仰いで雄叫びを上げるのだった。
失礼ながら、一言言わせてもらうと――かなりの変人だ。
そう思っていると、エイミーが――。
「紹介します……。私の父、リンドンです……」
悲しい顔をしながら、自分の父親を紹介するのだった。
すると、リンドンが――。
「いかにも! 私がエイミーの父親であるリンドンであーる! 記憶の片隅の中の隅に覚えておくとよいぞ!」
彼はそう名乗ると「かっはっは!」と豪快に笑うのだった……。
「あ、えっと、エティー・ヘイズです……」
リンドンの変人っぷりに、完全に会話のペースを乱されているエティーは、ぎこちなく自己紹介をする。
すると、リンドンは――。
「エティーちゃんか! よく来てくれた! エティーちゃんは、今年に入ってこの家に入ってくれた、二十六人目の記念すべき客だよ!」
「あ、そ、そうですか……」
至極どうでもいいことをおめでたく豪語するリンドンに、エティーはドン引きしている……。
――な、何なんだ、この人。
そんな二人のやり取りを見ていると、リンドンと目が合った。
すると――。
「うおおおおおおお!! ついに……、ついに、ついについに、娘が男を連れてきたぞおおおおおお!!」
「え、ちょ、お父さん……!?」
多大なる勘違いから暴走するリンドンに、エイミーは大慌て……。完全に彼女とはそういう関係だと思われてしまったらしい……。
「こうしちゃいられん!! すぐに結婚衣装の用意だ!! 予算はこれくらいで、会場は近くの教会で……」
――気が早いにもほどがあるだろ!?
「ま、待ってください……! 僕とエイミーさんは、そんな関係じゃ……!」
「そうよ、ギレス先生とは、"まだ"そういう関係じゃないわ!」
――え、まだ?
エイミーが放った引っかかるワードに、ギレスはもちろん、リンドンも反応する。
「まだ、だと!? ということは、これから二人のハネムーンが始まるのか……!」
「ちょ、違うの!! 今のは、その……。ただ言い間違えただけだからー!」
普段のエイミーとは思えないほど、完全にパニックになってしまっている……。
すると、リンドンは――。
「かっはっは! ……まあ、今のは一割くらい冗談だよ! 私の可愛い娘にふさわしいかどうか、しっかり見極めないといけないからな!」
「残りの九割は本気じゃないですか!!」
ギレスがそうツッコむと、リンドンは再び「かっはっは!」と豪快に笑うのだった。
真面目で、恰幅が良くて、貫禄のあるお父さんだと思っていたが……。これは、もはや"変人"以外の言葉が見つからない……。
しかし、ここで一つ気になることがあった――。
「あの、すみません……。お母様は……?」
そう訊くと、エイミーと彼女の父親であるリンドンは、少し曇った顔をしてしまう。
すると、エイミーが――。
「私のお母さんはね……。数年前の戦争で亡くなったの……」
「……!?」
何だか訊いてはいけなかった空気になってしまう。
すると、今度はリンドンが――。
「まあ、上がってくれ。それに、娘に新しい友達ができたと知ったら、きっと母さんも喜ぶからな! かっはっは!」
まるで、湿っぽく気まずい空気を吹き飛ばすように、豪快にそう言うのだった。
その姿を見ていると、変人だったイメージから、無理矢理にでも空気を明るくしてくれる、実は良いムードメーカーなのではと、ギレスは思ってしまうのだった。