第一章13「小さな勇気、大きな好意」
「こっちです、ギレス先生……! 校長室です……!」
「現場の状況は……!?」
「デクスター校長は、一命こそ取り留めましたが、意識は不明です……! 現在、駆けつけた救護班によって、負傷した腕を治療しています……!」
「そうか……」
――なんということだ!
何者かにデクスター校長が襲われたと生徒たちから聞き、血相を変えて校長室へと向かうギレス。
そして、その後ろから、エイミーとレアンナ、その二人に加えてエティーもついてくる。
「クソッ!」
誰が何の目的で、そんな残酷なことをしたのか……。
ギレスの頭の中は、怒りと疑問で埋め尽くされた。
そして、校長室に近づくと――。
「……!?」
現場は、凄惨の一言に尽きた。
物々しい雰囲気で連携を取り合う救護班と警備隊たちの姿……。そして、開いた校長室のドアにベッタリと斑点を作る赤黒い血痕……。
やはり、いつ見ても慣れないな……。人の流す血は……。
ギレスがそう思っていると、遅れて到着したエイミーたちも、その凄惨な現場を見て目を見開いた。
「そ、そんな……。デクスター校長……!!」
エイミーは今にも泣きそうな声で口にすると、あまりものショックに顔を手で押さえてしまう。
しかも、生徒たちの中には、口元を手で押さえて必死に吐き気に耐えている生徒もおり、現場は一気にパニックとなった。
その姿を見たギレスは――。
「君たちは教室へ戻れ……! ここは先生たちに任せるんだ……!」
そう指示を投げると、生徒たちは粛々と頷いて、教室へと戻っていく。
しかし、エイミーたちは――。
「私も、ギレス先生と一緒に残るわ……!」
「アタシも……!」
「私たち、ギレス先生の役に立ちたいんです……!」
エイミーたち三人は、決意を込めた表情で口々に告げると、こちらに駆け寄ってくる。
そんな彼女たちに、ギレスは――。
「駄目だ……! これは犯人を探す探偵ごっこじゃないんだ……! だから、早く教室に戻りなさい……!」
少し厳しく怒鳴りつけてしまう。
こんな残酷な現場、まだ酒の味も知らないような子どもには見せられない……。
彼女たちの先生として、そして、一人の大人として、責任をもって彼女たちを安全な場所へと避難させないといけない。
しかし、彼女たちは、そんなギレスの想いに反して、その場から一歩たりとも動かない。
「先生が何と言おうと、私は残るわ……! ギレス先生と一緒に……、一緒にいさせて……!」
「アタシも、エイミーちゃんや、エティーちゃんと同じ気持ちだよ……! 必ず、先生の役に立つから……。だから、先生と一緒にいさせてよ……!」
「後で何度でも殴ってくれていいです……! とにかく、先生と一緒にいたいんです……」
エイミーとレアンナとエティーの三人は、もはや涙すら流して、こちらに懇願してくる。
「君たち……」
本当なら、ここで彼女たちを殴ってでも止めるのが大人なのだろうが、三人をよく見ると、体が小刻みに震えていた。
確かに、こんな凄惨な現場を見れば、普通の人間なら怯えてしまうだろう。
しかし――。
こんな修羅場だというのに、彼女たちは自分の保身ではなく、僕と一緒にいることを選ぶというのか……。
そのことを理解すると、エイミーたちが、どれだけ恐怖や覚悟を飲み込んで残ってくれたのかが伝わり、胸が張り裂けそうな気持ちになる。
そして、教室へ避難するよりも、僕なんかと一緒にいる方が、まだ安心してくれているということも――。
「仕方ないな……」
ホント、自分が馬鹿だと思う……。
「ギレス先生……!」
「先生……!」
「あ、ありがとうございます……! ギレス先生……!」
完全に根負けする形で口にすると、三人は表情を少し明るくした。
「ただし、僕のそばを離れるなよ! 何が起こっても不思議ではない状況だからな……」
そう忠告しておくと、彼女たちは「はい……!」と素直に応じてくれた。
「じゃあ、気を引き締めて……」
そう告げてから、物々しい雰囲気の校長室へと入るギレスたち。
すると――。
「で、デクスター校長……!」
床に一面に広がった血だまりの中、救護班の治癒魔法を受ける痛々しい姿のデクスター校長が……。
彼は生徒の説明の通り、息こそはしているものの意識が無い。
すると、彼の姿を見たエイミーたちは――。
「……!?」
その、あまりもの生々しい光景に、三人とも顔を真っ青にしながら絶句してしまった。
やはり、彼女たちには刺激が強すぎたみたいだ……。
そう思った瞬間、ギレスは咄嗟に――。
「血なんて、女の子が見ていいものではないな……」
そう呟き、絶句するエイミーたちの視界から血だまりを隠すように、彼女たちの前へと立ち塞がるギレス。
そして、ギレスは背後にいるエイミーたちに――。
「三人とも、ホントよく頑張ったな……。もう充分頑張ってくれたから、早く教室に戻りなさい」
そう優しく伝えて、彼女たちの勇気と頑張りを労う。
すると、エイミーたちは――。
「ギレス先生は……?」
「先生は、どうするんですか……?」
「私たち、まだ何もできてないのに……」
まだ納得ができていないのか、こちらの様子を伺ってくるのだった。
「先生は、駆けつけてくれた救護班や警備隊たちと事件の話をしておくよ。……君たちを教室まで送り届けた後にだけど」
そう優しく伝えると、三人ともようやく納得してくれたのか、渋々といった様子で首を縦に振った。
「ギレス先生……。ありがとうね……」
「こちらこそだよ、エイミーさん――」
一旦、エイミーたちを教室まで送り届けるために、校長室を後にしたギレス。
そして、彼女たちを無事に教室へと送り届け、ギレスは再び事件があった校長室へと戻ろうとする。
「じゃあ、事件が落ち着くまで、担任の先生と一緒に、ここにいるようにな……」
ギレスがそう告げた、その直後――。
「その……。す、好きよ、ギレス先生……」
「アタシも好きだよ、先生……♡」
「私も好きですよ、ギレス先生……♡」
エイミーたちから、三人分の好意をストレートにぶつけられ、ギレスは頭が真っ白になってしまう。
「な、なな……。こんなときに、大人をからかうもんじゃないぞ……!」
耳まで真っ赤にしながら、ギレスは慌てた様子で校長室へと駆けていった。
そんな少し大きく見えるギレスの背中を見届けたエイミーたちは、頬を色っぽくピンクに染めながら、クスリと微笑むのだった。