第一章12「影が差す学園」
「私の可愛いドミンケを、よくも……!」
ドミンケ・ルーセの父親――アンセルム・ルーセは、怒りに任せてテーブルを蹴り飛ばした。
けたたましい音を立ててひっくり返るテーブル……。その様子を見ていた彼の執事は、落ち着いた様子でこう口にする――。
「アンセルム様。これからどうなさいますか? 御子息であるドミンケ坊ちゃまは、今や獄中の身……。それに、坊ちゃまが起こしたあの事件以来、ルーセ家に対する非難は増すばかりです」
淡々と口にする執事に、アンセルムは――。
「クソッ!! これも全部、あの学園が悪いんだ!! 私のドミンケに、満足のいく教育をしなかったから……! だから、私は反対だったのだ……! あんな凡庸な二流魔法学園に、私の大切なドミンケを入学させるのは……!」
もはや、彼の言葉の羅列に、理性というものは感じられなかった。
しかし、それでも、アンセルムの執事は冷静に答える。
「では、学園を訴えますか?」
「訴える!? それだけでは気が収まらん!!」
「……アンセルム様」
執事は、憐れむように彼を見つめる。
その表情には、複雑な感情が渦巻いているようだった……。
すると、アンセルムは――。
「そうだ……。良いことを考えたぞ……!」
まるで、イタズラを思いついた子どものように、口角を吊り上げる。
ただ、その形相は、子どもだったり人間とかではなく、もはや悪魔そのものだったが……。
「私を敵に回したこと……。必ず命をもって後悔させてやる……!」
そう口にしてから、狂った獣のように笑うアンセルムを、彼の執事は無言で見つめていた――。
――――――
「わあ……! ようやく、魔力調節のコツが分かってきた気がします……!」
そう告げたエティー・ヘイズの右手には、拳大くらいの火の玉が浮かんでいる。
そのエティーの努力の結晶を目にして、レアンナ・アクスフォードは手を叩いて喜んだのだった。
「すごーい!! エティーちゃん、おめでとう!!」
「ありがとうございます……! これも、皆さんが協力してくれたおかげです……!」
エティーは、抑えきれないほどの喜びがついに溢れたのか、さっきまでの緊張した面持ちから一転して、満面の笑顔を咲かせた。
そんな二人の様子を見守っていたギレスも、彼女たちの笑顔につられて、思わず頬を緩めてしまうのだった。
「おめでとう、エティーさん。それに、レアンナさんも、手伝ってくれてありがとうな」
ギレスが手を叩きながらそう伝えると、二人とも照れくさそうに頬を赤く染めてしまう。
「ぎ、ギレス先生が、ずっとそばにいてくれたので、すごく心強かったです……!」
「アタシも、正直上手くいけるか不安だったけど、先生がいてくれたから、すっごい安心できたよ……!」
二人とも、素直で良い子だな……。
無邪気に喜ぶ彼女たちを見ていると、何だか心が温かく感じる……。
そう思っていると――。
「私からも礼を言わせてもらうわ」
「え、エイミーさん……?」
ギレスが彼女の名前を呼ぶと、彼女は少し恥ずかしそうに視線を泳がせる。
「その……。ギレス先生って、普段はすごく頼りなくて、ニート寸前のダメ人間で、私がいないとご飯もマトモに食べれない超お子様だけど――」
――ぼ、ボロクソだな!? チクショー!!
エイミーから、結構グサッと来る言葉を次々と言われ、泣きそうになるのを必死にこらえる。
すると――。
「……でも、やるときは真面目にやってくれるし。何より……すごく優しいから」
「え、エイミーさん……?」
恋を知った乙女のように頬をピンクに染めて、素直じゃない褒め方をしてくるエイミー。
そんな彼女を見ていたレアンナは、耐えきれなくなったのか、唐突に吹き出してしまった。
「ぷっ……! あはははは!! エイミーちゃんってば、本当にギレス先生のことが大好きなんだね!」
「はああああ!?」
レアンナに散々言われたエイミーは、頬をピンクから更に色素を濃くさせ、リンゴのようになってしまう。
それは、ギレスも同じで――。
「な、なあ、レアンナさん。さすがに、そこまで彼女をからかうのは良くないよ……。第一、僕とエイミーさんは"先生と生徒の関係"なんだから、そういう関係にはなれないよ……」
ギレスが早口でそう告げると、レアンナは――。
「ええー!? でも、よく本とかであるじゃん! "先生と生徒の禁断の関係……!"ってやつ!」
「そ、それは、あくまで創作の世界の話だからな!? リアルでそれをやったら事案だろ……」
「でも、先生って、アタシたちとそこまで年の差無いよね? じゃあ、ワンチャン"そういう関係"にもなっちゃうんじゃない……?」
「なっ……!?」
確かに、レアンナさんの言う通り、先生といっても年齢的には彼女たちと、そこまで大差は無いよな。
もし、彼女たちの誰かと、そういう関係になったとしたら――。
「……いや、そんなわけ無い無い!! そもそも、僕と結婚する女の人なんて、絶対にいるわけないって――」
あまりもの恥ずかしさで、思わず机を叩いてそう叫んでしまうギレス。
すると――。
「手、痛っ!? って、うわあああ!?」
思った以上に机に手を強打し、その痛みに耐えきれずに飛び上がると、ギレスはそのままイスから転げ落ちてしまう。
すると、それを見ていたレアンナたちは――。
「「「やっぱり、心配だ……」」」
口を揃えて、ギレスの将来を心配するのだった。
「痛たたた……」
本来なら道を指し示すべき先生が、生徒に自分の将来を心配されてしまうなんて、色々と終わってるな……。
そう思ってしまい、ギレスは自分の浅はかさと情けなさに、落胆してしまうのだった――。
ある程度落ち着いたところで、レアンナが会話の続きを切り出してくる。
「……でもさ、先生。先生くらいの年齢なら、今からでも結婚を考えるのは大事だと思うよ? それに、早く女の子捕まえないと、婚期逃しちゃうよ!?」
急かすような言い方で、レアンナは口にする。
「ぼ、僕が結婚か……。考えられんな」
「むー……」
そう自信無さげに返すと、レアンナは少し拗ねた顔をしてしまう。
「な、何でそこで拗ねるんだよ……?」
それに、レアンナだけでなく、さっきからエイミーとエティーも非難するような目で見つめてくるのは、なぜだろうか……。
「な、何でそんなに自信無いのー? 先生って、普通にしてたらカッコいいところあるんだから、それを武器にすればいいのにー」
「いや……。それ以前にまず、僕は人と接するのが苦手なんだよ……。それが女の子相手だったら、なおさらだよ……」
だからこそ、すぐにこの仕事を辞めようと思っていた時期も、あったくらいなのに……。
今こうして、レアンナさんたちとマトモに会話ができているのも、ほとんどは彼女たちが会話を盛り上げてくれるから成り立つのだ。
――僕一人だけだと、絶対に会話が弾まないしな。
そう思っていると、今度はエティーが――。
「でも、先生のそういう部分、好きな人は必ずいると思いますよ! 現に私は、先生のこと可愛いって思えるので、大好きです……!」
「え、えっと……。な、ナイスフォロー……。あはははは……」
エティーの向けられた純粋な好意に、ギレスはどう反応していいのか分からず、とりあえず笑顔で誤魔化すことにした。
まあ、完全に引きつった笑顔だったけど……。
すると、エイミーが――。
「ホント、色々ともったいない先生ね。私がいないと、本当に何もできないんだから……」
「だから、エイミーさんは僕のお袋さんか!? 何でそこまでして世話を焼いてくれるんだよ……」
「ギレス先生には、まだ教えてほしいことがたくさんあるからよ。特にパラドクスについては、ギレス先生が頼りなんだから……」
「ぼ、僕が頼り――」
そこまで言ったところで、急にカウンセラー室のドアが開き、そこから数名の生徒たちが入ってきた。
カウンセラー室に入ってきた生徒たちは、なぜかは分からないが、切羽詰まった様子で肩で息をしている。
「ど、どうしたんだ……?」
カウンセラー室が物々しい雰囲気に包まれる中、入ってきた生徒の一人が――。
「た、大変です、ギレス先生……! 校長が……。デクスター校長が、何者かに襲われて……」
「え……」
襲われた人物の名前を耳にした瞬間、ギレスの頭は真っ白になった。